HOWS DESIGN

Vol.25 CASE

斜めのラインや切れ込みのデザインまで。さまざまな人のためのペットボトルへ

掲載日 2025.03.10

(ALTはじまり)白い窓や草木と光が差し込むコクヨのオフィス。そこに今回インタビューをしたブルーとベージュのチェックのワンピースに、黒髪ハーフアップのおはらさんと、そのとなりにはネイビーのタートルネックのワンピースに、メガネをかけて肩につくかつかないかの髪型の林さんが、ペットボトルをそれぞれ三本、四本ずつもっている (ALTおわり)

身体的、言語的、文化的な多様性に配慮した、誰もが使いやすくするためのデザイン手法である「インクルーシブデザイン」。少しずつ社会に浸透しつつあるこの手法に、コクヨも全社で取り組んでいます。

この度、そんなインクルーシブデザインを取り入れた「誰もが持ちやすく、開けやすい」ペットボトルが開発されました。ペットボトルの開発に携わった林 千絵さんと小原 弓佳さん、そしてミネラルウォーターを発売した嬬恋銘水株式会社の長畑 弘隆さんに、開発の経緯やこだわりを伺いました。

Interviewee

  • 長畑 弘隆 (ながはた ひろたか) 様

    嬬恋銘水株式会社 取締役営業部長

  • 林 千絵 (はやし ちえ)

    株式会社カウネット MD本部 MD3部

  • 小原 弓佳 (おはら ゆみか)

    株式会社カウネット MD本部 商品開発部

今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト

今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト

インクルーシブデザインの手法を取り入れ、持ちやすさと開けやすさに配慮したペットボトルを採用したミネラルウォーター「日本の天然水 嬬恋高原 ラベルレス 260ml」および「おもてなし用天然水 嬬恋高原 260ml」(3/10発売)。

さまざまな人がペットボトルを開ける動作を分析・パターン化し、それを落とし込む形でデザインした。

さまざまな持ち方、キャップの開け方を、どうデザインに落とし込むか

まずは商品開発に至った経緯を教えてください。

林:インクルーシブデザインを推進していく中、カウネットの製品にある「飲料」の商品企画としてはペットボトルの形状が最も課題に感じていました。

ちょうどその時、嬬恋銘水株式会社(読み:つまごいめいすい)様とお話しする機会があり、「インクルーシブデザインを取り入れたペットボトルの開発に、一緒に取り組みませんか」とお声がけいただいたんです。もともとは嬬恋銘水様が企画・開発まで行うナショナルブランドとして商品化を検討していたそうなんですが、「カウネットのプライベートブランドとしても出せないか」という話になり、このプロジェクトが始まりました。

長畑:ボトルデザインを「持ちやすさ」で検討するというのが業界的に新鮮で、ちょうど弊社でも小型のボトルを開発予定だったこともあり、お受けすることにしました。

以前にも、ペットボトルのデザイン変更について検討されたことがあったんですか?

小原:コクヨには、HOWS DESIGNと銘打って全社でインクルーシブデザインを推進する動きがあるのですが、「ペットボトル」については金型から作らなければならず、着手しづらい状態でした。今回、嬬恋銘水様からそのボトルの金型も一新することもご提案いただいたので、今回の商品開発が実現したんです。

「多くのリードユーザーの多様な開け方を参考に、持ちやすく開けやすい形状のボトルを開発」したとプレスリリースにありました。インクルーシブデザインを実践するにあたり、具体的にはどのような違いがあったのでしょうか?

林:「ボトルの形は変えられても、キャップの形を変えることはできない」というペットボトルの構造的な制約の中で、キャップの「開けやすさ」を考えたとき、”持ちやすく、力を入れやすいボトルの形”にするべきだと思いました。そこでコクヨの特例子会社で障がい者雇用に取り組んでいるコクヨKハート株式会社を巻き込んで、いろいろな方の意見を聞きながらデザインを模索していったんです。

例えば片手が動かない方は、ボトルの上部の部分に手を置いて指の力で開けたり、動かないほうの手で固定して開けたりするなどのパターンがあることがわかってきました。そこで、片手でも固定しやすいように、ボトルの上部と底の部分の形状にこだわったんです。また、女性など手が小さい方でも握りこみやすい形も意識しました。

他にも、「ペットボトルが柔らかいと力が入れづらい」という意見もありました。これについては、斜めのラインや切れ込みのデザインを使うことで、触ったときに側面の硬さをある程度感じられるような形状を目指しました。

(ALTはじまり)林さんが、ペットボトルの底面を左手の手首におき、右手でキャップを握って開けようとしている (ALTおわり)

小原:太さと高さがちがうモック(試作品)を作って、実際に手に取って話し合ったり、検証したりしました。持ちやすさを意識して細かい溝を入れたモックも作成したのですが、みんなで手に取ってみると「溝が多すぎて握ったときに手が痛い」というような意見も出てきて。最終的には、手にあたるような溝は入れすぎず、かつボトルの強度を保つために、ペットボトル側面にカーブした斜めのラインを何筋も縦に入れる構造になりました。

(ALTはじまり)ペットボトルの側面にはカーブを描くように斜めに溝が複数ある。これは握り込みがしやすいようになっているだけでなく、強度もあげているそう。写真はそのカーブが美しく並んだペットボトル6つ (ALTおわり)

製造と企画が並行して動きながら、ユーザーヒアリングを重ねていった

商談から製品化までの期間はどのくらいでしたか?

小原:5か月ほどですね。嬬恋銘水様から最初に3D画像でいくつかパターンをいただいて、その中から方針をある程度決めました。それからモックを3Dプリンターでいくつか作成いただきました。現物を実際に触ってもらえるので、ユーザーへのヒアリングがしやすかったですね。

(ALTはじまり)おはらさんが、3Dプリンターでつくられたペットボトルのモックを片手に、指を添えて説明をしている。真剣な表情をしている (ALTおわり)

小原:嬬恋銘水様もナショナルブランドとして発売しようとしているタイミングだったこともあり、製造・企画・当事者がみんな並行して動くことができたのがよかったですね。長畑さんにもヒアリングにご参加いただいたことで、「企画側のやりたいこと」と「製造側の実現できること」をその場ですり合わせることできたのが大きかったです。

形状を決めていく中で、本当にこの形状で使いやすくなっているか不安でした。ですが、ユーザーヒアリングの中で出てきたキーワードをもとに形状の意味などを言語化していく中で、周囲からも「この形であればわかりやすい」「使いやすそう」と後押しをいただくことができました。

通常、HOWS DESIGNのプロダクトを開発する際は2週間に1回ぐらいのタイミングでコクヨKハート株式会社がある大阪に出張してユーザーヒアリングを行うのですが、今回は毎週のように東京と大阪でヒアリングを実施しました。最終的に7回ヒアリングを行ったのですが、実はその度に新しいモックを嬬恋銘水様に作っていただいたんです。

長畑さんにもお伺いします。ヒアリングやワークショップの形で当事者の意見を直接聞く機会はこれまでにもあったのでしょうか。

長畑:お客様の声をここまで聞きながら作るのは初めてでしたね。もともと嬬恋銘水のナショナルブランドとして、既存の310ミリのペットボトルよりも小容量を検討していました。とはいえメーカーとしては、できる限り既存製品から型を変えたくないというのが正直なところ。そのため、ボトルの高さだけはこちらから条件を指定させていただきました。

(ALTはじまり)リモートで参加したつまごいめいすいの長畑さん。黒の作業着をきて、椅子に座っている。白髪で長めの髪に、黒縁メガネをかけて、真剣な面持ち。リモート参加した場所はオフィスで、テーブルの橋に座り、その後ろにカレンダーがかかっている。 (ALTおわり)

相反する意見を取り入れることの難しさ

試作の過程で、実現が難しいものや、人によって正反対の意見が出る場面もありましたか?

小原:コクヨKハート株式会社でヒアリングをした方が、すべて男性だったんですが、手が不自由ではあるものの、手自体は大きい方が多いので、「ボトルが細すぎると持ちづらい」という声がありました。そちらの意見ばかりを聞いていると、どうしてもボトルが太くなっていくんですね。でも私たちとしては、手の小さい人でも持ちづらくないようにしたいと思っていた。なので、ターゲットユーザーを広げて、上肢障がいのある方だけでなく、女性など手の小さい方にもヒアリングを行い、どちらの立場の方でも使いやすい形を考えました。

(ALTはじまり)完成したペットボトルを握る手。斜めに入ったラインや、そのラインには細めの溝がはいっている。小さな手が片手でも持てるくらいのサイズのよう (ALTおわり)

林:HOWS DESIGNのプロダクトを”一部のリードユーザーだけ”のためにつくると、それ以外の大多数の方にとっては「自分には関係ない」ものと思われてしまいます。手の大きさにかかわらず誰にとっても使いやすいものを目指したかったので、「ちょうどいい」形を模索しました。

小原:最後は、細かいパターンをいくつか作成してヒアリングしました。全員にとっての「一番いい」ものではないかもしれないけれど、どの立場の人たちも「使いにくい」とは感じない形を最終的に選びました。

「ありそうでなかった」新商品。今後の展開とは

今回の取り組みの中で、どのような発見がありましたか?

林:正直、同じような取り組みは他のメーカーが既にやっているだろうと思っていたんです。2リットルのサイズであればすでに持ちやすい形状のものが存在します。ただ、調べていくと小型のペットボトルでは意外と「持ちやすさ・開けやすさ」に着目したプロダクトがないという事が分かりました。

障がい当事者とともにものづくりを行ったというご経験を踏まえて、今後はどのようなことにチャレンジしていきたいですか。

林:今後は他のサイズにも展開していきたいなと。開けやすさはボトルの大きさによって違ってくると思うので、ヒアリングを重ねながら”ベストの形”を探っていきたいですね。

小原:コクヨの通販であるカウネットで扱う水のボトルは、オフィスでのまとめ買いが多く、1本ずつというよりもケース単位でご購入いただくのが主流なんです。今のケースはメーカー標準のもので、ミシン目が入っている形状なのですが、そこもこれからもっといい形にしていきたいですね。

長畑:これからも、お客様のご意見を確認しながら進めていけたらいいですね。

(ALTはじまり)コクヨのオフィスで白い椅子に座る林さん、おはらさん。そして大きくスクリーンに映された長畑さんが向き合って話し合っている。普段と違うのは、目の前のテーブルの上にたくさんのペットボトルが置いてあること。(ALTおわり)

リリースを前にして、今どんな心境でいらっしゃいますか。

林:振り返ると、よくここまでたどり着けたなと思います。カウネットが扱うHOWS DESIGNの製品として、パッケージではなく商品の形状自体を開発するのはおそらく初めてのことだったので、最初は「うまくいかないんじゃないか」と思っていました。でも、いろんな方にヒアリングするうちに、必要な要素が見えてきて、実際にモックとして現物を手に取ったときに「これはいけるかもしれない」と感じました。

林:形状についてはヒアリングの意見を取り入れたのであまり心配はなかったんですが、硬さについては3Dプリンターでつくったモックでは確認ができなかったんです。先日、嬬恋銘水様の工場にお伺いして現物を見たら、硬さがばっちり担保されていて安心しました。

長畑:ペットボトルから、関係先やお客様の気持ちの集大成であることを感じ取っていただけたら嬉しいです。皆様の思いが形になって、かわいらしいボトルに仕上がったなと感じています。

小原:ラベルありタイプのペットボトルは、商談のシーンを想定して6種のラベルを作成しています。商談の際に他の人のボトルと取り間違えないようにするためなんです。対してラベルがないものは、形状そのものをより感じやすいというよさがあります。

長畑:皆さんの想いが形になったので、ぜひ手に取っていただいて、開けやすさ、握りやすさを実感してもらえたら嬉しいですね。

(ALTはじまり)ラベルのないペットボトルが一番左にあり、その横に6種類のデザインがなされたラベル付きのペットボトルが均等感覚にテーブルに並べられている。日が差し込むオフィスだからか、とてもキラキラしていて、夏の爽やかさを感じる。 (ALTおわり)

HOWS DESIGNが目指すのは、誰にとっても使いやすいデザインの創出。今回の小さなペットボトルが、その一端としてどんな変化をもたらしてくれるのか楽しみです。気になる方は、ぜひ手に取ってみてください。

取材日:2025.2.26
インタビュー:田中美咲
執筆:こんぺいとう企画
撮影:山中散歩
編集・校正:田中美咲・山中散歩、HOWS DESIGNチーム

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