Vol.26 CASE
細かな角度調整で追求し生まれた「クランプ式電源コンセント」
掲載日 2025.04.24

インクルーシブデザイン「HOWS DESIGN」を継続的に行っているコクヨは、これまで数多くの新しいデザインを生み出してきました。そんな中でも、意外に事例が少なかったのが電化製品でした。
今回は、普段はあまり意識することのない「クランプ式電源コンセント」の隠れた使いづらさを見出し、新しい形へと変容させた、サーフェイス開発部の千田 啓資さん・櫻井 真生さんに、企画の背景から開発プロセスと完成までの苦労話などを伺いました。
Interviewee
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千田 啓資(せんだ けいすけ)
GWPものづくり開発本部 サーフェイス開発部(開発当時)
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櫻井 真生(さくらい まみ)
GWPものづくり開発本部 サーフェイス開発部(開発当時)
今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト
今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト
差し込みやすく抜きやすい、オフィスになじむクランプ式電源コンセント「Energy Line(エナジーライン)」。
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本当に作りたいものを形にするべきではないか
まずは、この企画が始まったきっかけを教えてください。
櫻井:今回インタビューをお受けすることになって、コクヨのインクルーシブデザイン「HOWS DESIGN」に紐づけてお話しすべきだとはわかっているのですが... 実は開発当初はインクルーシブデザインを取り入れて作る予定ではなかったんです(笑)
あれ!そうだったんですね(笑)
千田:はい、そうなんですよね。元々は、既存の電源コンセントを改良する形で先輩に相談をしたんですが、それを見た先輩から「千田さんは、本当にこれでいいの?」「本当に作りたいものを形にするべきではないか?」と発破をかけられまして。それで、もう一度考えてみようと思い直したんです。
禅問答のような、本質を問うてくれる先輩がいるのはめちゃくちゃ素敵!
櫻井:はい、それから企画を検討していく中で、自分達も「きちんと投資していいものを作りたい!」という思いが湧きあがっていったんです。そして試行錯誤した末に出てきたモック(試作品)を見て、まさに可能性を感じました。
役員など意思決定をする方も集まる企画会議の場にそのモックを持ち込んだところ、「これはいい!」と言っていただけて。
千田:あのときの「これはいい!」という声が、その後のモチベーションにつながりましたね。「なんとかして商品化しよう!」という気持ちが高まりました。

その後、インクルーシブデザインは、どのように結びついていったのですか?
櫻井:一般的によく見るような、決まった場所にひとつずつプラグを差す電源コンセントではなく、長い溝のどこにでも差せて複数のプラグにも対応できるライン型のコンセントを以前見たことがあって。これなら、みんななんとなく「使いやすそう」と感じていたんです。
なるほど、すでに日々の情報収集から仮説を立てていたんですね!
櫻井:はい、まさに日々のデザインの研究が力になりました!それから、「電源コンセント」のあり方を捉え直しデザインをし直すプロセスは、インクルーシブデザインと相性がいいのでは?と気づいたんです。
すでにコクヨには特例子会社で働く障がいのあるみなさんに話を聞く機会が定期的にあったので、ヒアリングをしてみようと思い立ちました。

櫻井:本当に誰もが使いやすい、この先10年使えるものを作りたいなと。
一般的なOAタップ(複数の電源コンセント差し込み口がある延長コード)は、プラグを差すときにタップ自体が動いてしまって使いづらいものが多いんです。なので、そうした課題を解決しつつ、オフィスなどの空間にあっても違和感のない、きれいなデザインにしたいと考えていました。
わずかな違いが、使い勝手に大きく影響すると気づいた
障がいの当事者とともに開発を行ったプロセスについて、詳しく聞かせてください。
櫻井:一般的にHOWS DESIGNのプロダクト開発では、特例子会社であるコクヨKハート株式会社のメンバーと連携して、週に1回ヒアリングを行うのですが、今回は1日がかりの大規模な「インクルーシブデザインワークショップ」を何回か行いました。
ワークショップを始める前からデザインの方向性はある程度決まっていたので、ゼロから作るというよりは、複数のサンプルをいろいろと実際に使ってもらい、フィードバックをもとに改善し、また試してもらう、という作業の繰り返しでした。
ワークショップにご参加いただく方については、できるだけ異なる特性や価値観を持つ障がいの当事者に幅広くご参加いただきました。
当事者の声を聞いて初めてわかったことはありましたか?
千田:コンセント差し込み口の角度ですね。プラグを差すときに立ち上がる方もいれば、座ったままの方もいて。どちらの方にとっても使いやすい差し込み口の角度を追究しようと、溝の角度を10度ずつ変更したモックを作りました。
ええ!10度ずつ?細かいですね!
千田:はい(笑)10度で変化があることに私たちは気づいていなかったんですが、実際に何度も何度も使っていただいた結果、「50度」が一番使いやすいということがわかったんです。角度の違いでこんなにも使い勝手が変わるのだと驚きました!

櫻井:ワークショップをする中で、この10度ごとのわずかな違いに鋭く気づく方が多かったのも驚きました。あとは、刃受けの微妙な幅とか、シャッター(ほこりよけ)の柔らかさとか。普段私たちがあまり気に留めないようなハードルが、実はたくさんあったことに気づかされました。
千田:本体との色の差の話もありましたね。
櫻井:そうですね!「本体が黒い時はプラグを差す溝は白い方が見やすいだろう」と思っていたんですが、実際にヒアリングしてみると、黒い方が奥まって見えて「ここに差す」ということがわかりやすいそうなんです。
それから、シャッターの穴に誘い込みの傾斜がついているんですが、これがあるのとないのとでプラグの差し込みやすさが全然違うと。差す場所が少しズレたとしても、溝のおかげできちんと差せるんですよ。
えええ!細かい調整すぎて、目が回ってきました...!
千田:それから、机の上にポンと置くだけのタップだと、プラグを持つ手とタップを固定する手の両方を使わないといけないので、「電源コンセント自体は机の上に固定されている方がいい」ということも新たな気づきでした。
櫻井:私が普段使っているときには気にも留めないような細かな部分でも、ご意見を反映して改良してみたら、確かに使いやすさを実感するんですよね。そこで初めて「実は使いにくかったんだ!」と気づいて。
気づいてしまったら、もう後には戻れないですね(笑)
千田:そうなんですよね。いろいろなモックを使っていただきましたが、「どっちでもいい」という意見は意外と少なくって。もうみなさん、「こっちの方がいい」というはっきりした意見が多かったです。
ヒアリングした障がいの当事者の方々は、私たちよりも「使いやすさ」に関する感覚が鋭いのだと感じましたね。今回の開発を経験してから、自分自身も既存の電源コンセントを使う際に細かいことが気になるようになりました。
当事者の意見を聞きながら開発することで自信につながる

当事者によって感じる不便さも違うと思いますが、最終的にさまざまな意見をどうやって集約していったのでしょうか。
櫻井:電源コンセントの角度や差し込みやすさについては、意外とどの方も意見が近かったんです。わりとストレートに今の形にたどり着いたと思います。
千田:ライン状の電源コンセントの形状に対して「見慣れない」という声はありましたが、そこは慣れの問題かなと思って、初めにきちんと説明するようにしましたね。
あとは、プラグを抜き差しするときの力加減。つまり「どのくらいの力で差せるのがちょうどよいか」を調整するのが難しかったですね。柔らかいほうが差しやすいけれど、”カチッと感”というか、しっかり差せたという手ごたえも欲しいので、そのバランスを取るのが難しかったです。
千田さんは、インクルーシブデザインを取り入れた開発は初めてだったそうですね。
千田:使い勝手に対してここまで細かく検証したことは初めてでした。インクルーシブデザインのワークショップがなかったら、「10度刻みで角度を調整する」といったようなことは考えもしなかったかもしれません。
これまでよりも開発に時間が掛かったと思いますか?
櫻井:確かにそうですが、検証を重ねながらデザインの裏付けができたことで、いいものになっているという実感がありましたね。上司から言われたことに疑問を持ちながら手だけ動かすのではなく、今回のようにみなさんに試していただき意見を聞きながら開発するほうが自信を持てると思います。
千田:当事者の意見を聞くことが改善のチャンスになることを改めて感じましたね。私たちが「使いづらい」と声をあげるよりも、当事者が意見を出してくれる方が説得力があるんです。
今回の経験を経て、今後の展望はありますか?
櫻井:インクルーシブデザインを取り入れたプロダクト開発は、引き続きやっていきます。
千田:そうですね、まだ秘密なのでお伝えできないのですが、実はすでに次の開発も始まっていますので!
櫻井:今回の開発プロセスがとてもよかったので、次のプロダクトも同じような流れで取り組んでいこうとしています。実は、次の開発のインクルーシブデザインワークショップもすでに終えているんですよね。新しい企画がどんどん出てくるので、立ち止まらずに頑張っていきます!
千田:既にメディアでもご紹介いただいたり、他の企業の方々もこの取り組みに注目いただいたりしていますが、意外と社内にも知らない方がいるのでもっと知ってもらえたら嬉しいです!

障がい当事者とのインクルーシブデザインの開発プロセスを踏んだことで、多くの人が日常生活では気にも留めていなかった「不便さ」が浮き彫りになった今回の開発。
先輩の方の禅問答のような問い、インクルーシブデザインを推進する全社の仕掛け、そして当事者と共にわずかな角度までも何度も検証を繰り返したお二人の姿勢が折り重なって生まれた製品なのだとわかりました。
実際に触れてみたのですが、とても使いやすくて、見た目としてもすてきでした。オフィスだけでなく自宅でも使ってみたいと思いました!
取材日:2025.2.26
インタビュー:田中美咲
執筆:こんぺいとう企画、田中美咲
撮影:山中散歩
編集・校正:田中美咲・山中散歩、HOWS DESIGNチーム
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