Vol.07 EVENT REPORT
表面的ではない「自律協働社会」について考える ~「サスティナブル・アカデミア」トークセッション編~
掲載日 2024.02.21
コクヨの社員がコクヨのマテリアリティ(重点的に解決すべき社会課題)を自分ごととして捉え、自律的に行動することを応援するための学びの場「サスティナブル・アカデミア」。第1部の暗闇の中でのワークショップを経て、第2部ではコクヨ株式会社 代表執行役社長の黒田英邦と、コクヨのインクルーシブデザインの取り組みに対するコンサルティングを行うSOLIT株式会社 代表取締役の田中美咲さんのトークセッションが開催されました。
Sustainable Academia 第1部の様子はこちら
登壇者紹介
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田中 美咲(タナカ ミサキ)
SOLIT株式会社 代表取締役
社会起業家・ソーシャルデザイナー。
1988年生まれ。立命館大学卒業後、株式会社サイバーエージェントにてソーシャルゲームのプランナーとして従事。東日本大震災をきっかけとして福島県における県外避難者向けの情報支援事業の責任者を担当。2013年「防災をアップデートする」をモットーに「一般社団法人防災ガール」を設立、2020年に事業継承済。2018年2月より社会課題解決に特化したPR会社である株式会社morning after cutting my hair創設。2020年、「オール・インクルーシブ経済圏」を実現すべくSOLIT株式会社を創設。 -
黒田 英邦(クロダ ヒデクニ)
コクヨ株式会社 代表執行役社長
コクヨ代表執行役社長・最高経営責任者。
1976年、兵庫県芦屋市出身。甲南大学、米ルイス&クラークカレッジ卒。2001年コクヨ入社。コクヨファニチャー社長、コクヨ専務などを経て2015年より現職。曽祖父は創業者の黒田善太郎氏。
表面上の変化ではなく、一人ひとりの意識から変わっていくということ
それぞれの企業の「多様性」に関する取り組みについて教えてください。
田中:まず、簡単に私とSOLITの紹介をさせてください。私は精神障害者手帳を持っていて、パニック障がいという「見た目ではわからない障壁」がある人間です。そんなバックグラウンドからD&Iに興味を持っており、多様な人たちがもっと包括され、それぞれが自律的に生き方を選択できる社会になればいいなと常に思っています。
そんな社会をつくるための取り組みとして、SOLITが存在しています。SOLITは、インクルーシブデザインという手法を活用して、国籍、セクシュアリティ、家庭環境、宗教、障がいの有無に関係なく多様な人が着ることができる服をつくっています。その活動の中で、多様な人を巻き込んだデザインが評価される国際的なデザインアワード「iF DESIGN AWARD」で最優秀賞のGOLDを受賞したり、気候変動や自然災害に配慮したデザインが評価されるサーキュラーデザインアワードを受賞したりと、世界的に評価をいただいてきました。非デザイナーで、アジア人で、女性という、デザイナーの中ではマイノリティである私がデザインアワードを受賞するということもまた、多様な選択肢の1つをつくることにつながったのではないかと思っています。
黒田:会社とは多様なバックグラウンドや価値観をもった人たちが集まり、1つのゴールを目指すものだと思います。コクヨはそのゴールの最上位に「自律協働社会の実現」を掲げ、どの部署にとっても大切なキーワードにしています。なぜなら、文房具や家具のメーカーとして、ワークスタイルやライフスタイルをつくるコクヨ自身が多様であり、その多様性から新しい価値を生み出していくことで、社会に貢献できると考えているからです。
コクヨは経営陣に限らず、仕事を通して社会に貢献したいと考える社員が非常に多いと感じています。それは事業領域が人々の生活に近いからだと私は思っています。
コクヨではインクルーシブデザインによるものづくりが本格化し、第一弾となる商品群が発表されました。「つくる」フェーズから「届ける」フェーズに移っていくなかで、意識したいことはありますか?
黒田:社会に必要とされるものを、必要とする人に届けるために、多品種大量生産から多品種変量生産に、マスマーケティングからダイレクトマーケティングにシフトしていきたいです。また、社会のバリアを解決する仕組みや世の中にはない新しい価値をつくることで、社会的なインパクトを生み出すことも重視しています。
田中:とても素敵だと思います。ユニバーサルデザインやインクルーシブデザインの手法が生まれても、結局は今までと同じシステムの中で、デザインの仕組みという「点」の部分だけが変わっている現状があると思うんです。だから、次はもっともっと視野を拡げて、動植物も地球環境も考慮し、つくればつくるほどプラスになるような「オールインクルーシブ」という考えに変わっていくべきだと思っています。ただ、「オールインクルーシブ」という言葉だけだと伝わりにくく、それこそ届きづらいので、SOLITではサービス化や事業化をしてオールインクルーシブを体現しています。
SOLITは、「インクルーシブデザイン×セミオーダー×受注生産」の生産・開発システム、「インターセクション×自律分散型組織」の組織体制、「ファッションブランド×研究×他団体との協働」のサービスの掛けあわせにより成り立っています。生産・開発においては、多様な人とともに、地球環境や動植物も考慮しながら、何かを優先するあまり何かが抜け落ちてしまっていないかを常に問いながら試行錯誤しています。そうした「つくる」工程があってこそ、「届ける」につながるものが見えてくるのだと思います。
「意思表明」と「対話」ができる組織とは
コクヨとSOLITで「自律」というキーワードが共通していますが、それぞれどのような思いがありますか?
田中:「点」の部分だけを変える状態でインクルーシブデザインを行っていると、ほかの何かが抜け落ちてしまったり、担当者とそれ以外の意識の差が生じてしまったり、「穴の空いた柱」のような状態になってしまうと感じています。なので、私たちは経営判断や組織体ができる限り自律的で、「オールインクルーシブ」であるように心がけています。
例えば、メンバーはそれぞれ職業、背景、宗教、居住地、セクシュアリティが異なる人たちの集まりであるため、スキルという視点と自身のデモグラフィックという視点から意見を言うことができます。また、勤務時間や勤務地といった縛りをできるだけ設けず、それぞれの強みや弱みを活かしながら参加可能な範囲を宣言することで、チームとして協力し合う自律した組織体制をとることができると同時に、心理的安全性も確保できると考えています。
黒田:組織に属する上では、「組織はどうなっていくべきなのか」と「組織の中で自分が何をやりたいのか」の関係が大切だと思っています。その関係性の中で、互いに意見し尊重することができれば、新たな気づきを得ることができます。事業やサービスの前に、まずはコクヨという組織の在り方や働き方を変えていくことで、自分たちの理想的な自律と共生のバランスを探していきたいです。
たとえば、コクヨではドレスコードをなくして服装を自由化したのですが、最近、エレベーターで一緒になった社員に「管理職がカジュアルな服装になって良かった」と言われたんです。「どうしてですか?」と聞くと、スーツ姿の管理職を前にするとどこか窮屈で、会議で意見を言うのが怖かったと気づいたのだと教えてくれました。服装がカジュアルになっただけで、管理職の人たちが優しくなったように感じられ、意見を言いやすくなったそうです。
私はこれを聞いて、服装というちょっとしたところにも、自律性を取り入れていくことが大切だと学びました。まだまだ社内で「自律」と「共生」が実現できているとは、自信をもって言えないところもありますが……。
田中:そういう時は「スパイラルアップしている」と思い続けるしかないなといつも思います。社会には簡単には手に負えない課題が山ほどあるので。
多様な人の集まる組織の方がイノベーティブなことが生まれやすく、いろんな意見が出やすい。でも反対に、意見がまとまりにくく、けんかが起きやすいという側面もあるのだと感じています。そうならないためには、心理的安全性とある意味で福祉と呼べるようなケアがあるかどうかが重要で、これが「けんか」ではなく「対話」が生まれるカギなのだと思います。
黒田:多様な意見が出るということは、「どこまで」そして「どのように」相手の立場に立っているかの違いだと考えています。お客様や当事者のニーズを見る「角度」「距離感」「程度」の違いや、相手の立場に立つ上での「スタンス」の違いによって、ニーズの見え方が違ってしまい、意見の違いも生まれてしまう。ただ、この「違い」は本来とても大事にするべきだと思うんです。「違い」を突き詰めることで、企業として世の中に無い、新たな価値を生み出せると信じています。
最後にコクヨ社員へメッセージをお願いします。
田中:コクヨのみなさんは、インクルーシブデザインの実践者として行動されていて、世界的にみても稀有な存在だと思うので、自信を持って社会変革を起こしていただきたいです。一方で、日本のD&Iは高齢者や障がい者、性的マイノリティにフォーカスしがちです。肌の色、難民や移民、経済的なギャップ、気候難民など、世界には本当にいろいろな人がいるということを大前提に、構造としての共通善をつくっていくにはどうしたら良いかを一緒に考えていけたら嬉しく思います。
黒田:今日参加した社員の中には、「こういうことをやっていきたい」というアイデアや情熱があっても、目の前の仕事が山積みで、新しいことにチャレンジできずに悩んでいる人もいると思います。そういう場合にも、心が折れずにチャレンジのための一歩を踏み出すにはどのような心掛けが必要だと思いますか?
田中:極論を言えば、この世界を構成する一人ひとりが幸せであれば、全員がハッピーな世の中になると思うので、まずは自分のウェルビーイングを最優先にしてほしいです。「一人ではできなくても、チームで成し遂げるんだ」というマインドもチャレンジし続ける上で大切だと思います。
黒田:心に刺さりました……。私も自分自身のウェルビーイングを優先するようにします。そして、私たちには社内外にサポートしてくれる仲間がいます。意志をもって仲間と対話していくことで、アイデアを形にしていくチャレンジができます。そうしたコクヨの取り組みが、社会のウェルビーイングを促進する一助になることを信じて、一緒に頑張っていけたらと思っています。
イベント会場では、熱心にメモをとりながら耳を傾ける社員も多く、役職や年齢、性別などを問わず、多様なエネルギーが共鳴する力強さが感じられました。
社会のウェルビーイングの実現に向けた想い
企業として社会課題と向き合い、社会を良い方向に変えていくには、組織に集まる一人ひとりが考え、対話し、気づきを得るということ。それがとても大切だということを学べるトークセッションとなりました。
この日の参加人数は会場参加とオンライン参加をあわせて184名。多くの社員が関心を寄せるテーマだったことがわかります。
取材日:2023.10.12
執筆:清水碧
撮影:中西須瑞化
編集:HOWS DESIGNチーム