Vol.15 EVENT REPORT
障がい者の活躍推進に取り組む国内企業12社が集まり、実践事例の共有と相互理解へ
掲載日 2024.07.26
2024年5月30日、大阪・新深江のコクヨの本社内にあるダイバーシティオフィス「HOWS PARK」を会場に、障がい者の活躍推進に取り組む国際イニシアティブ 「Valuable 500(以下、V500)」と連携した事例共有会が開催されました。
このイベントでは、コクヨがサステナビリティに関する取り組みや、会場となったHOWS PARKについて紹介するとともに、V500に加盟している他企業の事例などを通じた相互理解のための貴重な機会ともなりました。この記事では、イベントの内容と事例について紹介したいと思います。
本取組みに関するプレスリリースはこちら
登壇者紹介
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【Valuable 500】
合澤 栄美 様
アジア太平洋地域担当マネジャー
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【積水ハウス株式会社】
西原 靖 様
人事総務部 障がい者雇用推進室
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【コクヨ株式会社】
井田 幸男
CSV本部 サステナビリティ推進室
栗木 妙
ワークプレイス事業本部 スペースソリューション本部
武田 雄次
ワークプレイス事業本部 スペースソリューション本部
林 友彦
ワークプレイス事業本部 ものづくり本部シーティング開発部
高木 梨帆
ワークプレイス事業本部 ものづくり本部サーフェイス開発部
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【コクヨKハート株式会社】
西林 聡
代表取締役社長
脇 千恵美
BPO統括部ビジネスサービス1部
田中 唱太
BPO統括部ビジネスサービス1部
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【コクヨ&パートナーズ株式会社】
西村 充広
プロジェクト推進室
Valuable 500が目指すのは、障がい者の真の活躍
合澤:V500は、2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)にて発足した国際イニシアティブで、障がい者がビジネス、社会、経済にもたらす潜在的な価値を発揮できるような改革をビジネスリーダーが起こすことを目的としています。
2024年3月に、私たちV500の代表が来日した際のイベントで行った事後アンケートの中で、加盟企業の皆さんから「日本企業の間での事例共有やネットワーキングをしたい」という希望が多数あったことをきっかけに、今回のような場を作ろうと考えていました。その後、コクヨ社から実際にネットワーキングイベントのご提案をもらい、本日の開催に至ります。
V500が実施する、障がい者の活躍における3つの活動
合澤:V500では現在3つのポイントを重要視して活動しています。1つ目は「インクルーシブなリーダーシップ」、2つ目は「障がい者に関するデータ収集と活用」、最後に「障がい者のリプレゼンテーション」です。
障がいのある人の声やその存在が、職場やビジネスにいかにして深く反映されるかどうかが重要だと捉えています。今日のテーマである「インクルーシブデザイン」に関しても、そのような目的に沿っていることから、今日のイベントを共催させていただきました。
経営から事業、そして障がい者雇用に至るまで。コクヨの考えるサステナビリティとは
経営としてのサステナビリティ・インクルーシブデザイン
井田:コクヨは全社で「インクルーシブデザイン」に取り組んでいます。経営の意思決定だけでなく事業部ごとの活動や特例子会社に至るまで、多くのメンバーで取り組んでいるのが特徴です。
コクヨは2021年に設定したコクヨのマテリアリティを、1年後の2022年に再定義・設定をしました。その背景には、経営の観点では企業の重点課題(マテリアリティ)を「SDGsを達成するため」といったCSR(企業の社会的責任)的な発想で設定しがちなことがありました。しかし、私たちは「果たして、これはコクヨのパーパスである【ワクワクしたワークとライフの実現に繋がるのか】【コクヨだから行う’らしさ’はあるのか】」と疑問を持ち、CSV(共通価値の創造)を基準に議論を重ねました。
コクヨのマテリアリティの一つに「社内外のWell-beingの向上」という項目があります。社内だけでなく社外も含めたWell-beingの向上にも言及し、その中にダイバーシティ&インクルージョン&イノベーションを含んで設定しました。
一般的には、「法定雇用率」の達成や「合理的配慮の有無」だけをチェック項目のように実施してしまいがちですが、「【ワクワクしたワークとライフの実現に繋がるのか】【コクヨだから行う’らしさ’はあるのか】」と考え、私たちの捉えるWell-beingとは何かを再定義をする必要があると考えるに至りました。
特に今回のイベントテーマにある「インクルーシブデザイン」は、従来のマーケティングの対象外となっていた極端ユーザーを対象とします。市場の拡大ということにとどまらず、私たちはインクルーシブデザインを社会貢献と企業価値の向上につながるものであると捉えており、極端ユーザーの方をあたりまえのように社会の中に包摂する社会システムを実装していくことが重要なのだと考えています。
インクルーシブデザインの積み重ねで生まれた空間「HOWS PARK」
栗木:みなさんが今いらっしゃる「HOWS PARK」は、まさにインクルーシブデザインの積み重ねの産物であり、社内外に対するWell-beingを実現するための挑戦の場です。ここでは、既存事業のブラッシュアップと事業領域の拡張をどちらも行いつつ、コクヨ社内と社外・地域の人も巻き込みながら、関係者を繋げ、領域を広げていく場所として使っています。
HOWS PARKをよりインクルーシブな空間にしていくためのプロセスとして、以下4つの工程を実施してきました。
- 対話をして多くのことに気づき、埋もれた課題を発見する
- 発見したことを空間の施策に落としこむ
- 実験により、施策の精度を高め具体的な空間に落とし込む
- その後も対話を続け、空間をブラッシュアップし続ける
すでに大手企業や障がい者団体をはじめ、多くの見学者の方にお越しいただき、「いいスペースだね」「こういう場所がもっとほしい」という声もいただきました。現在、まさにこういうインクルーシブな空間が求められ始めているのだと感じています。そして、この場づくりや仕組みを、コクヨはサービスとして提供し始めています。
武田:栗木の言うように、対話・気づき・実装を繰り返しながら、HOWS PARKで「インクルーシブデザインによる空間構築」を私たちは行ってきました。移転やリニューアルの意図を組みつつ、現状把握・ヒアリング・課題整理を行い、検証のワークショップを実施し、改善策やプランの提案をします。
そしてさらに重要なのは、「作って終わり」ではなく、「運用」も考えること。実装した後の運用マニュアルなども含めて作成し、効果検証も行い改善を続けていくことが重要だと考えています。
私たちが携わらせていただく企業やその特例子会社のよくある課題が、経営者・マネジメント担当者・当事者、三者三様の課題意識と視点があること。経営者は雇用や事業創出、マネジメント担当者は育成・コミュニケーションの問題、そして課題の当事者はアクセシビリティや使いづらさなどを重視していることがあります。
これらどれかを優先させるのではなく、課題を同時に解決しながら3者を共存させていくことが重要だと活動しながら気づきました。そして継続的な改革を行うことによって、インクルーシブな空間構築が自ずと事業成長へとつながると考えています。
共感と共創が鍵を握るコクヨのインクルーシブデザイン「HOWS DESIGN」
林:コクヨでは、多様な仲間と共にインクルーシブデザインを行い、共感と共創を基軸において行うプロセスのことを「HOWS DESIGN」と名付けています。「違いを気づきに。気づきを社会に。」と言うタグラインを掲げ、ただ課題を解決し続けるだけではなく、それを気づきにし、社会の仕組みを変えていくことも視野に入れています。
専用のWEBサイトにも記載していますが、HOWS DESIGNは独自のプロセスで行っています。それは、① 社会のバリアを見つける② 解決方法のアイデアを検討する③ 試作品で検証する④ 具体的な商品やサービスで検証する、というものです。そしてこのプロセスの中心には、多様な人たちとの「対話」があります。もちろんこのプロセスは進んだり、方向転換したり、みんなで悩み、試しながら進んでいくので、シンプルではないことが多いです。
冒頭で井田が伝えたように、コクヨは新製品の20%でインクルーシブデザインを活用すると決め、2030年には50%まで引き上げるというKPIを決定しました。最初聞いたときは正直むずかしいなと思いましたが、今となっては状況が変わってきています。HOWS PARKができてから、ワークショップの開催数が増え、見学も増え、関わる人もどんどん増えてきているんです。
高木:事業部を超えたメンバーで実施したワークショップの事例を紹介します。
「音響環境基点」「心理環境基点」「動作環境起点」の3つのチームに分かれ、オフィスの中の環境設計を行いました。
「動作環境起点」のチームからは「垂直面のホワイトボードは使いにくい」「身体を動かしにくいからこそ、もっと動かしたい」という意見が生まれ、さらに「音響環境基点」のチームからは「ただ機能的なだけではなく、かっこいい方がいい」ということや、「心理環境基点」のチームからは「集中とリラックスを両立できる空間がいい」といった発言があり、各チームが得られたインサイトから実現へ向け準備をしました。
特にこれまでのコクヨが開発したコミュニケーションのための家具は、「フレキシブルに動かせる」ことを良いこととして設計してきましたが、当事者からは「フレキシブルに動くのは、不安定で使いにくいし不安だ」という意見も。その意見から、「家具自体はしっかり固定されていることで、安心して体を預けられ、自分の力で身体をコントロールできるものが必要」ということを発見しました。
ここからさらにオフィスに実装していくために仕様やバリエーションを模索しているところです。このように、基本的には1商品あたり4回ほど、社内のリードユーザーと共にワークショップを実施しています。
ハードだけでなく「ソフト面」も多様な人と共に
西村:働く空間や働き方の研究を長年手掛けてきたコクヨは、場を作るだけではなく「運用」も大切だと考えています。そのため、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業を開始し、2016年に「コクヨ&パートナーズ」として事業会社化しました。
現在、新規事業として「障がい者業務創出コンサルティング」を企画しています。様々な企業にヒアリングをしてきた中で、多くは「採用」「業務の切り出し」が難しいという課題を抱えています。私たちは、企業が障害者雇用をした後、その方がより働きやすいように業務を作り出して、業務不足の課題を解決しようと考えています。
これまでコクヨ&パートナーズは、Kハートと連携しながら業務を作り上げるプロセスでご一緒することが多かったですが、ここからはこの空間の仕掛けやプロダクトの開発とも連携し、ワンストップサービスまで練り上げたいと考えています。
コクヨの障がい者雇用はまだ発展途上。ここからはより協業しやすい環境へ
西林:創業20年がたつコクヨの特例子会社「コクヨKハート」は、社員の半数がなんらかの障がいをもっています。コクヨのいろいろな販促物のデザイン・制作などを行っており、コクヨ&パートナーズと同じくBPOとしてデータ処理や事務関係のタスクも請け負っています。社員それぞれの障がい特性にあわせて業務範囲を拡大し、多岐にわたる業務を請け負えるようになっているのが特徴です。
障がい者雇用については、コクヨはまだまだ発展途上だと思います。「障がい者雇用は特例子会社がやってればいいんじゃない?」という風潮があるように感じます。しかし私たちは、コクヨ本体の各部署・各子会社において障がい者のインクルージョンが当たり前になっている状態を目指し、ワクワクする職場・仕事・未来を協力し合いながら作り上げていきたいと考えているんです。
脇:私がコクヨKハートに入社してからすでに3回、社内レイアウト変更がありました。これまでは個別の仕切りがあるブース型でしたが、対話がしにくく業務が止まってしまうことが問題点としてあったんです。新しいHOWS PARKとKハートのオフィスはデスクトップパネルを低くしてコミュニケーションがしやすくなるなど、メンバーが協力しながら働きやすい環境の実現につながったのが特徴です。
オフィスの形状や仕組みを変えることで、よりメンバー同士が協業しやすい環境に変えていくことは、弊社だけでなく多くの企業が実践できることだと思います。
田中:私はHOWS PARKができ、オフィスレイアウトが変わり、周囲の音や視線などを気にせず個々の作業に集中することが可能なスペースもできたことで、より作業効率を高めることができました。同僚の車椅子を普段使う仲間も以前は移動が大変だったと聞いていましたが、新しいオフィスになってからはとても移動しやすく、負担が少なくなっているように見えます。
コクヨKハートとHOWS DESIGNに関する記事はこちら
40年以上にわたる積水ハウスのユニバーサルデザイン
障がい者の住まいと活動の場の追求を続けて
西原:私たち積水ハウスは、誰もが心地よく暮らせる住環境の創造を目指し、ユニバーサルデザインに関する研究を続けてきました。元はと言えば、1975年に当社の建築現場で起きた転落事故で、工事従事者が脊椎損傷の重傷を負ったことを機に、リハビリテーションのための実験住宅「車いすの家」を医療施設内に建築したことがきっかけです。それから、1981年には日本初の「障がい者配慮モデルハウス」を建築し、80年代には「生涯住宅」を当社の住まい作りにおける基軸となる思想として位置づけました。
2000年代には「積水ハウス ユニバーサルデザイン」を確立し、社内外で展開し、各種のアワードを受賞するほか、社内ではユニバーサルデザインを活用できる人財の育成に注力してまいりました。
西原:例えば、日本の住宅建築では「尺モジュール」が設計単位として主流ですが、私たちは創業当初から「メーターモジュール」を採用しています。これによって生まれる空間のゆとりは、車椅子移動や手すり設置等、ユニバーサルデザインの観点から非常に有効です。
階段も実証実験に基づき、安定したリズムで昇り降りができるように設計しています。4段の踊り場では、2つの幅を広くしていますが、これにより、脚力のない方も安定して向きを変えられるようになっています。
トイレも、手すりの傾きを実証実験から最適と判断された15度に設計し、ペーパーホルダーの上部は手で体を支えられるようにしています。こうした細かい積み重ねによって日々の生活の「心地よさ、暮らしやすさ」が生まれています。
障がいの有無に関わらず、誰もが生きやすい住まいのために「障がい者グループホーム事業」を展開
西原:障がい者グループホーム事業では、障がいの有無に関わらず、自立した日常生活と社会参加がしやすい仕組みを作っています。例えば、2019年5月には障がい者グループホームを併設した新たな地域拠点となる共生型複合施設「OpenVIllageノキシタ」がオープンしました。
OpenVIllageノキシタについてはこちら
東日本大震災の被災者が多く移り住んできた仙台市エリアにオープンした 「コレクティブスペース」「障がい者就労支援カフェ」「保育園」「障がい者サポートセンター」 の4つの施設がひとつになった交流施設で、子育てをしている方や障がいのある方、高齢者や子どもなどが横断的に交流し、「つながりと役割で社会課題を解決する」ことを目指した共同創造のプロジェクトです。
障害者差別解消法ワーキンググループを発足
西原:2024年4月に改正障害者差別解消法が施行されることを受け、合理的配慮の義務化への取り組みとして、2022年10月にワーキンググループを発足しました。ワーキングメンバーは様々な部署から参加し、障がいのある従業員10名も参画しています。
ソフト面では接客対応指針「積水ハウスUDサービスハンドブック」を作成し、ハード面では展示場や事務所など社内施設の設計基準を刷新しました。それらを展開するために、従業員啓発にも注力しています。全従業員向け研修や幹部研修、接客担当者に対しては、「ハンドブック」を基に新たに作成した接客動画を活用したEラーニングやWEB研修を実施しました。
本取り組みでは実地体験が非常に重要となります。本年から、全ての住宅展示場やショールームで「UDサービス実習」を行いました。
また障害者差別解消法に関する取り組みとして、誰もが使いやすいウェブ環境を実現するべく、ウェブアクセシビリティに関する当社方針と、JIS規格に基づく検査結果を本年4月に公開しています。
こうした取り組みを通じ、これからもすべての人がいきいきと暮らすことのできる住まいづくり、まちづくりを推進してまいります。
参加企業全員でHOWS PARK見学ツアーへ
百聞は一見にしかず。2チームに分かれてオフィス見学ツアーがスタート
本イベントに参加されている方々は、ここまでのコクヨと積水ハウスの取り組みの事例紹介を聞き、実際にどのように「働き方」や「働く場所」が変わっているのか気になり始めたところで、会場となっている「HOWS PARK」と特例子会社であるコクヨKハートのオフィスの見学ツアーに。
平日の開催ということもあり、実際に社員の皆さんが働いているその現場を2チームに分かれて見学をすることになりました。各チームが歩きながら気になることを質問していきます。「なぜ扉と壁には色差があるのか」「トイレはなぜ広くなっているのか」「テーブルはどうして円形で高さがそれぞれ違うのか」など、質問が飛び交います。
一つひとつの質問に対し、コクヨの設計を行った社員が種明かしのように説明していくと、新たな発見があったからかその場の空気が明るくなり、話が続いていきます。たくさんメモをとっている方もいれば、シャッターを押す手が止まらないくらい写真を撮り続ける方もいらっしゃいました。
HOWS PARK見学等に関するお問い合わせは下記よりお願いいたします。
https://www.kokuyo.co.jp/support/
できることは、もっとあるかもしれない
ツアーに参加された方の中でインクルーシブデザインに携わったことのない方からは、
- すごく特別なものを作るものだと思っていたので、イメージが変わった
- オフィスすべてを変えなくてはいけないのではなく、一部からでも変えられることがあるとわかり、気持ちの面でハードルが下がってよかった
- 自分の会社でもできることはもっとありそう
といったコメントをいただきました。
そしてどんな施策においても、ただ機能やツールを導入すればいいのではなく「対話」を通して検討し、実現させていくことがとても重要なのだという気づきを得た方が多かったよう。今回のイベントが「インクルーシブデザイン」や「障がい者の職場での活躍」にとどまらず、多様なテーマでの対話のきっかけになったのではないでしょうか。
日本の文化と企業のあり方を、世界へ
今回Valuable 500とコクヨ株式会社による共同イベントでしたが、日本財団による情報保障のサポート、積水ハウスのみなさまからの事例共有、そしてV500の加盟企業12社のみなさんのご参加があってこの場が実現できました。
1社だけが、より多様な人たちが暮らしやすく、働きやすい場を実現しても、社会全体のシステムが変わるわけではありません。このように継続的に、それぞれが「実践者」として情報交換を行いながら、対話を重ねていくことが重要なのだと思います。
また、Valuable 500には日本企業が50社ほど加盟していますが、全加盟社のほとんどが欧米企業であり、その意識や実践の量・質ともにまだまだギャップがあるのも事実です。日本ならではの文化と視点を持って、日本企業同士のネットワークから世界に事例を伝えられるよう、力を合わせていけたらと思います。
取材日:2024.05.30
執筆:田中美咲
校正:山中康司
撮影:丸山晴生