Vol.16 EVENT REPORT
どのミシン目が使いやすい?HOWS DESIGNのワークショップを開催
掲載日 2024.08.19
2024年5月30日、大阪・新深江のコクヨの本社内にあるダイバーシティオフィス「HOWS PARK」を会場に、障がい者の活躍推進に取り組む国際イニシアティブ 「Valuable 500(V500)」と連携した事例共有会が開催されました。
イベント前半はV500加盟企業による事例の紹介と相互の理解を深める時間となり、後半はコクヨのHOWS DESIGNの概念をもとにしたワークショップを実施。本記事ではそのワークショップの様子をご紹介します。
イベント全体に関する記事はこちら
HOWS DESIGNの企画開発プロセスは「共感と共創」が鍵
行動観察の中から社会のバリアをみつける
コクヨのインクルーシブデザインの哲学「HOWS DESIGN」では、まずリードユーザーの「行動観察」からスタートし、その中でどんなバリアに阻まれているのか、「社会のバリア」を見つけていきます。
カウネットで実際にインクルーシブデザインに取り組むコクヨの吉村の進行で、これから始まるワークショップの流れの説明がはじまります。
見つけたバリア・課題に対して「共感プロセス」の段階では、リードユーザーと共に、何を課題と捉えどのような価値を提供するといいのか、チームで対話を重ねていきます。その後、「共創プロセス」で、どのように解決するのか検討し、試作と検証を行う。最後に具体的な商品やサービスで検証します。
このプロセスを繰り返した後、もともと課題だと捉えたことが本当に解決ができているのか、一般ユーザーにとっても使いやすいものになっているのかについて再び対話を繰り返します。
- 社会のバリアを見つける (行動観察)
- 解決方法のアイデアを検討する(共感プロセス)
- 試作品で検証する(共創プロセス)
- 具体的な商品やサービスで検証する(共創プロセス)
このように4つのステップになっていますが、実際には各ステップを行ったり来たりしながら進めます。この過程そのものも楽しみながら進めるからこそ、違いが気づきにつながり、気づきが新しいサービスや暮らしやすい未来につながるのです。
さまざまなミシン目を開けている人の行動観察
ぴりぴりぴり...ミシン目を開け続ける人とそれを観察する人
イベントに来場された方々に、まずは6-7人ずつのチームに分かれてもらいます。さらに、そのチームの中で1人、リードユーザー役の人を選びます。
今回のワークショップのテーマは「ミシン目」。さまざまな細さ・厚さのミシン目がたくさん用意されたテーブルの上は、子どもの頃の図画工作の授業を思い起こさせます。
リードユーザー役になった人は、目の前に置かれたさまざまなサイズ・素材の「ミシン目」をゆっくり次々に開けていきます。そのとき同じチームの人たちは、その開ける姿をとことん俯瞰し、仮説を立てたりしながら観察を続けます。
「違いってそんなに出るの?」と、ワークショップが始まる前は半信半疑の方もいらっしゃいましたが、徐々にミシン目を開ける量が増え、その違いをリードユーザー担当の人が感じ取って表情が変わり始めると、「ええ!そんなに違うの?」「それは開けにくそう!」と対話が増えていき、発見が多くなるにつれてチームの温度が上がっていきました。
その後、同じチームの人たちがリードユーザー役の方に向けて質問をしたり、仮説の確認をしたりしていきます。参加されている方々からは、「どれが一番開けやすかったですか?」「一番気持ちよかったのはどれですか?」「支える方の手の力が一番必要だったのはどれですか?」など質問が飛び交いました。一方ミシン目を開けつづけた本人からは、「細いものだと破いてしまいそうで不安でした」「大きいミシン目は力がすごく必要でした」「破いてしまった時に、みんなに”破った”と思われそうで心配でした(笑)」など、さまざまなコメントが飛び交い、観察者とリードユーザーの捉え方の違いなどから気づきが増えていきました。
左:HOWS DESIGNから生まれたミシン目箱の製品
右:HOWS DESIGN前のミシン目箱の製品
ミシン目の観察を終えた参加者のみなさんは、先程の気づきをもとに目の前の商品を見て、たくさんの発見が溢れていったようです。
- たしかに左利きと右利きの人だと開けやすさが違う
- ミシン目と台紙に色差があることで見つけやすい
- スタート地点の掴みやすさの違いがパッケージにこんなに影響するんだ
など、たくさんのアイデアやコメントが出てきました。
実際にHOWS DESIGNとして 製品化されたものは、ミシン目のスタート地点に色差があるようにして視認しやすくされていたり、力を大きく入れなくてもミシン目が開きやすくなっていたり、開く際に引っ張られてパッケージが破れない工夫があったりと、ユーザーの体験の気持ちよさとデザイン性の両立が成り立っており、参加者の皆さんも驚いていました。
これまで不自由なくミシン目を開けられた人にとっては「気になるポイント」ではなかったとしても、可動域に制限があったり、弱視であったりと、その人の状態や特性によって開けやすさが異なることに気づけた瞬間でした。
いいものを作るなら、そこにアクセスしてもらわないといけない
実際にミシン目の違いに触れて議論に参加されたメーカー・サービス事業者の方は、「それぞれの企業が総力をあげて『いい製品』を作ったとしても、その製品を使うためのパッケージが開けやすいかどうかなど、そこにアクセスできる人に限りがあるということに気づいた」とおっしゃっていました。
商品であればそのパッケージを開けられるのか、サービスであればその情報や場所にたどり着くことができるのかといった「アクセスのしやすさ」はとても重要です。「生み出して終わり」「作って終わり」ではなく、それをいかにして多様な人にとって手に取りやすいものにするところまで含めて、対話を中心としたインクルーシブデザインを貫くことが大切なのだと、今回のイベント・ワークショップを通じて参加された方みなさんが気づくことができたのだとおもいます。
取材日:2024.05.30
執筆:田中美咲
校正:山中康司
撮影:丸山晴生