Vol.17 CASE
青色シート×オレンジマーカーがカラーユニバーサルデザインの認証を取得「青色シートで覚える暗記用ペンセット」
掲載日 2024.10.11
Interviewee
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井上 文音
グローバルステーショナリー事業本部
開発本部 開発第3部 -
後藤 博子
グローバルステーショナリー事業本部
開発本部 技術開発センター デザイン東京グループ -
田中 裕子
グローバルステーショナリー事業本部
開発本部 開発第2部
今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト
今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト
キャンパス 青色シートで覚える暗記用ペンセット
青色シート、オレンジ色のマーカー、水色のペンを組み合わせた暗記用ペンセット。集中実感効果が期待される青色(※1)を採用。青色シート×オレンジマーカーがCUD(カラーユニバーサルデザイン)認証を取得。同シリーズの新商品「暗記用シート」(シートのみ・3枚セット)が2024年9月11日(水)より発売。
(※1)青色の効果は心理評価によるものであり、個人差や環境により効果は異なります
はじめはインクルーシブ視点からの開発ではなかった「青色シート」シリーズ
−−−−「青色シートで覚える暗記用ペンセット」開発の背景を教えてください。
井上:元々は、多くの人が使いやすい、文字が読みやすい暗記用品の開発を目的として生まれた商品です。最初からインクルーシブ視点が主だった訳ではなく、特にメインターゲットである学生にとって、とにかく使いやすいものをめざしていました。
暗記用品には、緑色や青色のマーカーを黒文字の上に引くので文字が読みにくく、覚えたい場所が目立たないという課題がありました。そのため、より見やすくしたいという目的のもと、ペンの色とシートの色を抜本的に見直したのです。一番良い組み合わせを探す中、暗記用のシートとインクの色を簡単に試作し、24色×明度5段階、マーカーを引いて覚える・書いて覚える場合をそれぞれ試して、掛け合わせると全部で5,000ぐらいの組み合わせをテストしました。そして最終的に、オレンジ色のマーカーと水色のペンを青いシートで隠す、この暗記用品を開発しました。
田中:2023年8月に「青色シートで覚える暗記用ペンセット」は販売を開始し、ありがたいことにご好評をいただきました。発売後には、学生から複数枚使用したいというニーズがあり、シート単体での商品化をめざす流れとなりました。それにあたり、より多くのユーザーにとっての使いやすさを追求していくということで、インクルーシブデザインのワークショップをスタートしたのです。
「見えない」ではなく「見えてしまう」。その言葉から可能性に気づいた
−−−−青色シート×オレンジマーカーは、CUD認証(※2)を取得しています。どうして色覚特性のある方々をターゲットとしたのですか?
後藤:実は、最初の「暗記用ペンセット」開発においても、インクルーシブ視点を入れて作ろうと模索していたのですが、どんな方をターゲットにすべきか、訴求レベルまで掴むことができていませんでした。
ある日、別の商品のワークショップでコクヨに来ていた少数派の色覚特性を持たれている方々が、THE CAMPUS SHOP(THE CAMPUS内売店)で青色シートを見つけて、「こういうものがあったんですね」と。「自分たちは赤が薄く見えるんです、だから赤シートでは(文字が)隠れず見えてしまうんですが、青だとよく隠れますね」。その言葉に、もしかしてこの商品は、色覚特性の差でお困りの方々にも届くものになるんじゃないか、という発見を得ました。日々コクヨが社内で、インクルーシブデザインの活動をしていたことが、この偶然の発見につながったと感じています。こうして、色覚特性の差でお困りの方々もターゲットに入れてワークショップをし、より読みやすく調整していきましょうということになりました。
(※2)NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構が行う第三者認証
−−−−そこからどのようなプロセスを経て、どのようなものがつくられたのでしょうか?
田中:カラーユニバーサルデザイン機構から、色覚タイプC型、P型、D型(※3)の方々をお呼びしてワークショップを開催しました。使用シーンを想定して見やすさを評価していただき、「どういった部分に差があるか」「こうしたら良くなる」など、細かな部分も聞くことができました。
井上:ワークショップの結果、カラーユニバーサル機構の方から「現行の青色シートは、赤よりいいけど少し見にくい」という意見が出ていたこともあり、シートの透明度と色味を少し調整しました。調整した試作品は、コクヨのイベントに集まった約100名の方に試してもらいました。色覚の特性は縛っておらずC型(一般色覚)の方が多かったかとは思いますが、それでも前回のものより見やすいという意見を多くいただけました。そんなプロセスを経て、2024年9月11日(水)から発売した「青色シートで覚える 暗記用シート」は、より多くの方にとって見やすいものへと改良がなされました。
(※3)色覚のタイプ。一般的な色覚であるC型のほか、P型・D型など色の感じ方によって色覚タイプが分けられている
−−−−リードユーザーと接して、驚いたことや感じたことはありますか?
井上:色覚特性については以前から知っていましたが、「こんなに濃い色でも透けて見えるんだ」ということに驚きました。今は色覚シミュレーションができるアプリもあるので、青色なら特性の影響を受けにくくなると調べればすぐにわかることだったのに、何で気付かなかったんだろう、と。青色が万人に好まれやすい傾向にある色だと、事前に調査から判明していましたが、それは色覚の影響を受けにくいから好まれるという面もあるのではと感じました。
後藤:誰も同じ目にはなれないので、どう見えているかって誰にもわからないんですね。注意しなきゃいけないことは、誰もが色覚に特性をもっているということ。その少数派の方々にとっては見えにくいもの、違う色彩に見えてしまう色があることを理解することです。ある色において、C型(一般色覚)の方には見えない濃淡が別の色覚特性をお持ちの方には見えているのかもしれない。そう考えると、まだまだ皆さんが感じることの一部しか私たちには情報がないなと思いましたし、ワークショップや経験を通じて、より気づきを得たいと思いました。でも、そういう方々は、自分の見え方が人と違うと自認もされていなかったりするんですね。その方々にあえてフォーカスするというのではなく、このようにあらかじめ実証されていることなどから自然にソリューションを起こすということが一番いいのかなと思っています。
田中:まだまだ一部を理解し始めたという段階ですね。私たちが扱うステーショナリーもそうですけども、普段の生活でも、もっと意識して気づいていきたいなと思いました。
−−−−開発の中で苦労したことはありますか?
井上:訴求に向けたエビデンス(根拠)確保というのがやはり難しかったです。景表法(※4)の観点と使ってみての納得感、そしてユーザー視点とコクヨの法務的視点を押さえなければならないことが大変でした。青色シートの良いところはたくさんあるのですが、それを数値・実証的なデータにして効果を発表するところまでが、とにかく難しかったです。そのため、最初の「暗記用ペンセット」の販売時は、青色に集中実感効果があることをメインの訴求としてスタートしたんですが、その後CUD(カラーユニバーサルデザイン)認証をいただいたということで、今後はユニバーサルデザインの観点・インクルーシブの観点からも拡販できると思っています。使う方が増えていけば、「目がチカチカしない」など良いレビューも定量的・定性的に集まり、訴求していけるのかなと考えています。
(※4)事業者による不当な広告や表示を禁止したり、過大な景品の提供などを制限・禁止することで、消費者が自主的かつ合理的に商品やサービスの選べるようにすることを目的とした法律(景品表示法)
−−−−商品に対する社内外からの反応はいかがでしたか?
井上:暗記用ペンセットが昨年8月に発売された際は、ECサイトでなんと6回も品切れになり、SNSでも何度も品切れ情報が流れるなど、反響の大きさに驚きました。数を少なく作ったわけでなく、少しチャレンジした目標の数量で設定していたのですが、思ったよりも反応が良かったですね。「青色シートってありそうでなかったから、ついに作ってもらえて嬉しい」というお話も聞こえてきて、青色シートというところに価値を感じてご購入いただけたのかなと思います。それから最近では、文房具総選挙2024で全体の第5位、「キッズの勉強がはかどる文房具」部門では第1位という結果となり、文房具としての良さも評価いただけたのかなと思います。ユーザーからも、高校生から直接聞いた声、ECサイトのレビューや購入者アンケートで、好意的なコメントをいただいています。自分たちのつくりたかった価値が、そのまま届いていることを感じられて嬉しいなと感じています。
色覚特性の差でお困りの方々の意見としては、カラーユニバーサルデザイン機構の方からコメントを直接いただいており、それが一番確実な意見かと思っています。ただレビューの中に、「今まで赤色シートだと見えにくかったけど青だと使いやすい」という意見があったりするので、特性があるけども自認されていない方の意見が入っている可能性もあるかと思います。
なかなかコクヨの中でも、商品を改良して販売するというのは、原価や工数を考えると難しいことなんです。それを上手くクリアして、早めのスピード感で改良・販売できた事例としては、良い先行事例になったんじゃないかな、と思っています。
ちっちゃなことがお困りごとや生活を大きく変えるかもしれない、だからまずはやってみる
−−−−今回の取り組みを経て、今後の取り組みにどのように活かしていきたいですか?
井上:今回の商品開発で、カラーユニバーサルデザイン機構の皆さん、自分とは異なる色覚特性を持つ方、視覚過敏や弱視の方など、視覚に関するさまざまな特性の方とお話しする機会をいただきました。それは普通に一緒に生活している中では気づきにくい特性、個人差だなと思って、それに気づけたことが一番よかったなと思っています。視覚過敏は割と発達障害と併発しやすいらしく、発達障害のことも少し勉強させていただいたり、別の機会でインクルーシブワークショップをさせていただいています。そういう目に見えづらくて、ただ生活している中では気づきにくい特性があると学べて、どういうことに困っているのか、その端っこを掴めたことが、今後インクルーシブ開発をしていく中では大きな一歩だったかなと思います。
自分はマジョリティ側にいることが多いので、マイノリティの方々のお困りごとを解決していると、「こんなちっちゃいことで解決したって言っていいのかな」と思うことって結構あるんです。でも、ちっちゃなことが、ある人のお困りごとや生活を大きく変えるぐらいの変化だったりすることもあるので、自分で過小評価せず、いったん出してみて、ダメなら一緒に改善していけばいい。それで助かるなと思う人たちがいっぱいいるのだとわかったので、臆せずどんどん新しい製品を出していきたいなと思っています。
田中:グローバルステーショナリー事業本部の商品としても、今後インクルーシブ製品をもっともっと展開していこうとしているんですけれど、井上と同じように、やっぱり見ている目がマジョリティなんですね。なかなかどこで困っているのか、例えば商品本体の色分けなのか、パッケージなのか、はたまたキャッチコピーなのか。商品ひとつとっても、色々なパーツがありますし、どういうところが重要なのか、勉強しながら、理解しながら、一緒に取り組んでいくことによって進めていきたいなと思っています。
後藤:今回の開発も含め、知識のある方々や当事者の方々から聞いた内容を、コクヨではこれからガイドラインにまとめていこうとしています。それを当社全体の知識として持つことで、マイノリティ側の視点が開発の気づきになるよう、普及活動をしていきます。コクヨの商材としても、気にする、意識する、会話するだけで、見えてくることやソリューションがたくさん出てきそうな気がしていて、だからこそ今回の青色シートが、取り組みのスタートとして非常に意義のあるものになったんじゃないかなと思っています。
取材日:2024.09.10
執筆:伊東早紀
撮影:嶋北浩基
編集:HOWS DESIGN チーム