Vol.19 CASE
持ち方は自由自在!オフィスの困りごとから生まれた新しい「IDカードホルダー」
掲載日 2024.11.01
Interviewee
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林 友彦
(ワークプレイス事業本部 ものづくり本部 シーティング開発部)
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黒尾 智也
(ワークプレイス事業本部 ものづくり本部 シーティング開発部)
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櫻井 真生
(ワークプレイス事業本部 ものづくり本部 サーフェイス開発部)
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後藤 博子
(グローバルステーショナリー事業本部 開発本部 技術開発センター)
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近藤 哲史
(コクヨKハート)
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A
(コクヨKハート)
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青井 宏和
(カウネット MD本部 商品開発部)
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荒木 洋平
(カウネット MD本部 商品開発部)
今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト
今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト
持ちやすいバンド付きIDカードホルダー
手を入れる・握る・引っかけるなど、様々な持ち方に対応できるバンド付き。さらに、ストラップをバンドに固定してスマートにまとめることが可能で、収納時にも便利。「HOWS DESIGN」の取り組みの推進にあたり、2023年にコクヨグループ内の3事業本部および特例子会社のコクヨKハートが合同で開催した「インクルーシブデザインワークショップ」の内容をもとに商品化。
使いづらいのはリーダーか、ホルダーか? IDカードにまつわるモノをフラットに見つめ直す
まずは、この商品が生まれたきっかけを教えてください。
林:きっかけは、昨年3月に行われたトライアルワークショップです。コクヨでは2年ほど前からインクルーシブデザインを推進していますが、そのプロセスを知る社員はまだ少なく、まずは経験を積むという狙いで企画された1回目のワークショップでした。ちょうど同じ頃、コクヨ大阪本社にコクヨKハート(以下、Kハート)の新しいオフィスエリア「HOWS PARK」がオープンしたこともあり、入居しているKハートのメンバーを交えて「本当に居心地のよいオフィスになっているか?」を改めて考えてみましょう、というのが第1回のテーマとなりました。
青井:ワークショップを主催したのはワークプレイス事業本部ですが、そこに、グローバルステーショナリー事業本部、通販事業を展開するビジネスサプライ事業本部/カウネットも参加し、コクヨの軸となる3つの事業を横断する形で開催されたことも特徴です。
ワークショップでは、どのような取り組みをされたのでしょうか。
林:まずは、Kハートのメンバーからオフィスでの困りごとについてヒアリングを重ね、特に多かった「入退室のカードリーダー」「スロープ」「コートハンガー」「面談室」の4つを課題として取り上げることになりました。
櫻井:課題ごとに4つのチームに分かれ、私たちのチームが担当したのが「入退室のカードリーダー」です。実際に「なぜ使いづらいのか」「そこにどんなバリアがあるのか」を知るため、Kハートの近藤さんとAさんにリードユーザーとして参加していただき、検証をスタートしました。ところが、最初は「使いづらい点が見つからない」という予想外の展開に。というのも、二人とも今ある環境に慣れてしまっていて、ある程度適応できていたからなんです。それでも「慣れている=使い心地がよい」わけではなく、まだ見えていない不便さがきっとあるはず、と何度も入退室を繰り返して検証を進めるうちに、いくつかのインサイト(潜在的に抱えている問題)が浮かび上がってきました。
近藤:僕の場合は車いすを使っているので、カードリーダーの下にある荷物置きの台が邪魔だなぁ…と感じました。カードをタッチする際に、どうしても車いすがぶつかってしまうんですよね。
櫻井:大きな段ボールなどを抱えていると、手がふさがってしまってカードをタッチできないので、一時的な荷物置き場を設置しているのですが、近藤さんにとってはそれが障がい物になってしまう。一方で、上肢障がいのあるAさんからは、指が開かないためカードホルダーを掴んでリーダーにタッチすること自体が難しいという意見も出てきました。それを踏まえて荷物置き場など周辺の環境やリーダーそのものの改善など、様々な角度から解決策を考え、検証や試作を繰り返す中で、カードホルダーの使いやすさに着目したのが今回の商品の始まりです。
青井:実は、僕はもともとスロープチームにいたのですが、ワークショップでこのチームの発表を聞いて、アイデアの素晴らしさと実現性を兼ね備えた本格的な検証に感動して。これは絶対に形にするべきだ!と、発表会が終わった直後、チームメンバーに商品化の話を提案したんです。
ユーザーのリアルな声を落とし込み、誰にとっても使いやすいものを実現
そこから、カードホルダーの商品化に向けた本格的な開発が始まったそうですが、特にこだわった部分はどんなところですか。
荒木:ワークショップから出た「カードホルダーが掴みづらい」というAさんの困りごとをベースに、ホルダーにバンドを付けることになったのですが、この部分の仕様を決定するだけでも20種類近くの試作品を用意して検証を重ねました。手の入れやすさや掴みやすさ、引っかけた時の安定感、バンドを付属することによるかさばり具合などを考慮した様々なパターンの試作品を、実際にリードユーザーの方々に使ってもらって意見を聞き、反映する。これを繰り返すことで、こちらが想定していなかった意見が出てきたり、それによって新しいアイデアが生まれたりしました。
黒尾:頭のなかだけで考えず、とにかく手を動かして試作品の数を重ねたおかげで、商品として進化していくのが目に見えて分かりました。また、使用上の安全性など現実的なものが加味されていくことに、どんどん商品化への実感が湧いてきましたね。
荒木:さらに、カウネットモニカの会員様へカードホルダーの困りごとについてアンケートを行ったところ、「ストラップがかばんの中で邪魔になる」という声が多いことが分かったので、その解決策も盛り込んだ仕様に。障がいを抱える人はもちろん、一般ユーザーにとっても便利なものを作りたいというのが我々の目指すゴールだと思っています。
青井:インクルーシブデザインというと、障がい者など一部の人に向けて作る特別なものと捉えられることがありますが、決してそうではありません。リードユーザーの固有の困りごと(バリア)に目を向けることで、それまで見えていなかった困りごとが見えるようになります。そのマイノリティな困りごとに着目した結果、マジョリティにも響く新たな価値を見つけ出すことができる。それがインクルーシブデザインの大切なところだと考えています。今回のカードホルダーという商品でいえば、普段のものづくりプロセスならバンドを付けようという発想はまず生まれません。実際、カウネットの会員向けアンケートでもそういった問題点は挙がってきませんでした。今回、リードユーザーの近藤さんやAさんと話す中で「IDカードが持ちづらくカードリーダーにタッチしにくい」という困りごとがあることが分かり、それを解決するために掴みやすいバンドをつけてみました。そのバンドが付くことで、ホルダーを手にはめることができるようになり、結果として健常者がノートPCや段ボールなど両手でものを抱えた状態で入退室する際に、先に手にホルダーをはめておくことで楽にリーダーにタッチできる便利な価値が生まれました。ほんの小さな気付きから、商品の幅がどんどん広がっていくことを実感しました。
近藤:僕たちが出した意見をしっかりくみ取っていただくことができ、次々と提案される試作品を手にしながら、「これが本当に商品化されたらぜひ使いたい」とわくわくする気持ちでいっぱいでした。自分たちのように障がいを抱えている人だけでなく、誰にとっても使いやすいものに仕上がっていると思います。
A:ワークショップのたびに、様々な試作品や提案が出てきて、そこまで考えるのか!と驚きました。結果、出来上がった商品は、想像以上に良い商品で、改めて開発のお役にたてて良かったと思いましたし、今まで既製品に合わせていくのが当たり前だったので、自分に合ったものが商品化されたことに感動しています。
3つの事業部が起こす、まだ見ぬ化学反応。コクヨの新しいものづくりの可能性とは
改めて、今回の取り組みを振り返っていかがでしたか。
櫻井:事業部の枠を越えて、普段は関わり合いのなかった人たちとアイデアを出しながら、まったく新しいものを創り上げていく過程は本当に楽しかったですね。自分のいる事業部内だけでものづくりをしていたら絶対に味わえない感覚です。
荒木:特に櫻井さんには、カウネットで商品開発を引き継いだあとも、カラーバリエーションやデザイン面の相談にのってもらうことが多く、1年近くずっと並走していただきました。最初は売れ筋の透明なソフトケースにバンドを付けたものを提案していましたが、櫻井さんに思い切りダメ出しされましたよね(笑)。デザイン性にこだわるものづくりという点でも、今回の開発はいい刺激になりました。
林:普段は、マーケティング的なグラフや数字を見て新しい商品を考えることも多いですが、今回は近藤さんたちのようなリアルなユーザーのリアクションありきで進行していったので、「ものづくりってこうだよな」という本来のやりがいや楽しさを改めて感じることができたように思います。
黒尾:第1回のワークショップでしたが、みんながフラットにアイデアを出し合うことができた良い現場だったと思います。普段はオフィス家具などを作る事業部にいる自分が、まさか手の平サイズの商品を考えることになるとは思いませんでしたからね。このように多様な事業部が関わる商品開発が今後も当たり前になっていけば、うちの会社はもっと面白いことができるのではないかと思いました。
後藤: 確かに、同じ会社にいながらも、なかなか同じものを作る機会がなかったので、今回のように事業部をまたいだ取り組みに可能性を感じましたね。カードホルダーの案を考えるうえでも、普段のものづくりより、もう少し視野を広げることの大切さを実感しました。競合の商品のみを参考にするのではなく、違うジャンルのものや街なかにある展示物、人間の骨格など、「カードをタッチする」ということを起点に、世の中を広く見渡すことで見えてくるヒントがある。そんなふうに柔軟に考えることができたのも、今回のワークショップのおかげだと思っています。
青井:今回の取り組みは、今後の商品開発の方向性としてもいいモデルケースになったのではないかと思います。社内のワークショップ型の研修はプロセスが重視されているため、商品化まで至らないことがほとんどですが、実際に商品化することで、コストや使い勝手など、アイデアだけで終わらない実現性と向き合うことができます。ワークプレイス事業部やグローバルステーショナリー事業部が単独で商品化しようとすると「とりあえずやってみる」が難しく、ハードルが高いのですが、今回はその辺りのフットワークが軽いカウネットが関わっていたので、商品化の話がスムーズに進みました。
黒尾: まずは世の中に出して、ユーザーのリアクションを得るというカウネットのものづくりに対するスピード感は、今回の取り組みのなかで得た一番の学びですね。商品が発売された後もプロトタイプの検証が続いているような感覚です。
荒木:「小さく生んで、大きく育てる」がカウネットのモットー。購入したユーザーへのアンケートやレビューなどで、いい点・悪い点を真摯に受け止めて、さらなる改良を加えていくことができるのがカウネットの強みです。今回の商品もさらに進化していく可能性がありますので、まずは、どんな反応があるか楽しみですね。
取材日:2024.10.11
執筆:秋田志穂
撮影:松井聡志
編集:HOWS DESIGN チーム