HOWS DESIGN

Vol.20 CASE

「カフェチェアーって軽ければ軽いほどいいって思ってました」
「Hemming<ヘミング>」の開発プロセスで気づいた、椅子の使いやすさとは?

掲載日 2024.11.08

ALTはじまり。画像:カフェラウンジ用チェア「Hemming」が4つ並んでいます。2つはカップシェル型のグリーンとボルドーの色違い。1つはLシェル型の4本脚とスタッキング脚の2タイプ。画像おわり。ALTおわり。

Interviewee

  • 林 友彦

    コクヨ株式会社 ワークプレイス事業本部 ものづくり開発本部 シーティング開発部

  • 住谷 諭史

    コクヨ株式会社 ワークプレイス事業本部 ものづくり開発本部 シーティング開発部

  • 黒尾 智也

    コクヨ株式会社 ワークプレイス事業本部 ものづくり開発本部 シーティング開発部

今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト

今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト

カフェ・ラウンジ用チェアー「Hemming<ヘミング>」

座りやすく、立ち上がりやすい。引きやすく、持ちやすい。座り心地だけでなく確かな「使い心地」を追求したシェルチェアー。CUP型とL型の2タイプで、L型は4本脚とスタッキング脚の2種類。カラーバリエーションは5種類。

シンプルな椅子をゼロから見つめ直す

――「Hemming」の開発に至った背景からまず聞かせてください。

黒尾:コロナ禍を経て、オフィスは「集まる場」や「コミュニケーションの場」としての役割を再認識されるようになりました。その結果、「仲間とコーヒーを飲みながら話す」など、オフィスに飲食やラウンジの機能を織り交ぜるシーンが増えてきています。そういった空間では、長時間ワークをするわけではないため、椅子が見栄えとコストで選ばれることもしばしば。「安ければそれでいいんだっけ?」という問いが生まれてきます。

これからのオフィスでは、ますます多様な背景を持つ仲間と共に働くようになることが予想されるなか、改めて“誰にとっても使い心地のいい椅子”ってどんなものだろう。今回の「Hemming」の開発は、そんな問いから出発しています。障がいの有無だけでなく、性別や年齢、体格など様々な違いがある人達と一緒にもう一度ゼロから考えてみよう、と。

開発にあたって最初から「こういう課題を解決するための商品をつくろう」といったゴールがあったわけではなく、ユーザーと一緒につくることで、きっとこれまでの椅子づくりで見落とされてきたものに気づくことができるのではないかと考えました。
そこでまずは市場に流通しているあらゆるカフェチェアーのサンプルを集めて、現状を把握するところから始めました。そこで得た仮説をもとにプロトタイプを作成し、ワークショップで実際に座ってもらって意見をもらう、というプロセスを3,4回繰り返しました。

ALTはじまり。画像:グレーのジャケットを着てテーブルの前に座る黒尾さん。背後にはHemming。画像おわり。ALTおわり

開発の背景を語る黒尾さん

ALTはじまり。画像:モニター画面の中で林さんと住谷さんが白っぽいシャツを着てヘミングを挟んでこちらを向いて微笑んでいます。画像おわり。ALTおわり

大阪本社からオンラインミーティングで参加の林さんと住谷さん

――ワークショップを通して、どんな気づきを得られたのでしょうか。

住谷:私はオフィスチェアーの開発を担当して20年以上経ちますが、今回「椅子を引いて座り、立ち上がって元の位置に戻す」という、椅子を「使う」一連の動作を観察させてもらったことで、改めて気づけた観点はたくさんありました。

その一つが、椅子の「重さ」です。これまで椅子は軽ければ軽いほどいいのだと思い込んでいましたが、手足に不自由のある方にとっては「軽い椅子は勝手に動いてしまいそうで怖い」もので、ある程度重量がある方がコントロールしやすく使い勝手がいいというのは新しい気づきでした。重さが1.7キロしかない椅子の名作があり、それこそがいい椅子だと刷り込まれてきたのですが、「そんな驚きはいらないよ」と言われました(笑)。

手足に不自由のある方は健常者よりはるかに高い解像度で身の回りにある家具を観察し、少しでも危険を感じるものには近づかないし、不安を感じる椅子には座らないそうです。中腰の姿勢が取れないと座る時にドスンと全体重をかけることになるので、キャスター付きのような勝手に動いてしまう椅子は恐怖でしかないのです。適切な重さがあって予想した通りの動きをしてくれる椅子がいいという視点は、これまでまったく持てていなかった発想でした。

「Hemming」開発のワークショップの様子

黒尾:カフェチェアーの標準的な重量は7キロ前後あるのですが、それを「操作する」という観点はこれまでほとんど考慮されていませんでした。作り勝手ばかり追求し、「動かす」「持ち上げる」といった動作をあまり意識していなかったことに気づいたのです。
それだけの重量のある薄い板状の背もたれを、片手に飲み物やトレイを持ちながら片手で動かす。そうした「使う」という動作において、人は椅子のどこに触れているのかを観察しているうちに、驚くほど無意識に椅子のいろいろな部分を掴んだり触ったりしているのだと気づきました。それなら、例え手が変形していていたり、握力が弱いとしても、指を引っ掛けることで動かしやすいデザインにできないか・・・といったことを話し合っていきました。

なるべく「デザインしない」。
フィードバックを素直に落とし込むことで必然のデザインに収まっていく

――従来とは違うプロセスでデザインしていくにあたって意識したことや、その結果実現できたこだわりにはどんなものがありましたか。

住谷:「Hemming」のデザインするにあたって、なるべく感性的なデザインをせず、フィードバックを素直にカタチに落とし込んでいくことを意識しました。例えば椅子を引く際に手を引っかけやすいカタチを考えた結果、この「一回折り曲げる」というシンプルな解にたどり着きました。背の部分に穴を開けて手を差し入れるという解決方法もありますが、それだと動かせる方向が限定されますし、穴が小さいと手を入れられない場合もあります。もっといろいろな部分に手をかけられて、掴んだり引っ張ったりできる方がユーザーにとってメリットもあるし、結果的に特徴にもなった。「Hemming」という名前の由来は、このブレイクスルーポイントである「折り曲げる」という言葉から来ています。実は背もたれ部分だけでなく、座ったままでも引きやすいように座面の裏にも折り返しをつくったんですよ。

ALTはじまり。画像:屋外のテラスでhemmingの背の折り返し部分に手を掛けてイスを引く黒尾さん。画像おわり。ALTおわり

背の部分を一度折り曲げることで、どの部分もつかみやすくイスが引きやすくなっています。

ALTはじまり。画像:hemmingの横にしゃがんで、座面の裏を触る黒尾さん。画像おわり。ALTおわり

座面の裏も折り返すことで、座ったときに指を掛けてイスを動かしやすくしています。

黒尾:椅子を引いて立ち上がりやすい肘の高さはこれぐらいだとスムーズだね、体を回転させて椅子から立ち上がるには、肘の部分は垂直よりも少し後ろに削ってある方が足抜けしやすいよね、といった観察から得られたアイデアを積み上げていったことで、結果的に派手さはなくとも機能美に徹したデザインになったと感じています。

ALTはじまり。画像:hemmingの肘に手を置いて立ち上がる黒尾さん。画像おわり。ALTおわり

立ち上がりやすさを考えた肘の高さと形状。

椅子の足先の部分も、カフェチェアにはゴムのキャップが着けられているのが一般的なので、引くと床に引っ掛かり大きな音が出たり、片手では動かしにくいものが多い。一方でキャスターのように動きすぎてしまうのも困ります。不快な音を立てず、想像した通りの範囲内でなめらかに動かすために、足先の素材や形状はコクヨオリジナルで開発しました。「思ったより動かない」でもなく「思ったより動く」でもない、感覚と実際の操作性のギャップをなるべく減らすという点には特にこだわりました。

住谷:エンジニアには男性が多いため、通常のものづくりでは男性被験者からのフィードバックが多くなりがちですが、今回たくさんの女性のユーザーにも協力してもらいました。そのおかげで、男性は平坦な座面を好む傾向があるのに対して、女性は丸みのある形状を好むことがわかりました。こうして得られたデータを反映し、人間の体の形状に合わせて丸みを持たせたことで、クッション素材を使っていないにもかかわらず、長時間座っていても疲れにくい座面を実現できました。

ALTはじまり。画像:hemmingのプロトタイプが4種類用意されていて、それぞれに女性の被験者が座り心地を確かめている。その向かい側には開発担当者の男性がいて、真剣に座る様子を観察している。画像おわり。ALTおわり

「Hemming」のプロトタイプを検証する様子。

なるべく開発の上流からインクルーシブデザインのプロセスを取り入れる

――今回の「Hemming」での試みは他のプロダクトにも活かせそうですか?

林:今回こうしたインクルーシブデザインに取り組んだことで、椅子デザインの当たり前を変えられたという点に大きな可能性を感じています。
特定の誰かの課題解決のためにデザインすると、どうしても特殊な形状のプロダクトになりがちですが、今回本当にさまざまなユーザーと一緒に「使いやすい」に真摯に向き合ったことで、だれにとってもどんなシーンでも使い勝手がいい、かつ美しい椅子をつくることができました。

「椅子は座れればいいわけじゃない、使えなきゃだめなんだ」といった当たり前を進化させることが、インクルーシブデザインなら実現できます。今後他の家具にも取り入れていっていきたいですし、基本設計を固める前の、できる限り開発の上流の段階からやるべきだと感じています。

黒尾:今回の取り組みで、椅子づくり全体を磨き上げることができましたし、その結果プロセスや背景をまったく知らない人が見ても「この椅子いいね」と買ってくれるようなデザインにまとめることができました。「使いやすい」にここまでこだわった椅子は他にないと思うので、一度「Hemming」を使ったら知る前にはもう戻れないはずです(笑)。

「Hemming」開発のワークショップの様子

取材日:2024.10.17
執筆:中原絵里子
撮影:鳴田善幸
編集:HOWS DESIGN チーム

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