HOWS DESIGN

Vol.21 CASE

ハサミ界に革命!?「利き手を問わずすごく切れる」とは。
ハサミ<サクサ>がリニューアル。

掲載日 2024.12.03

ALTはじまり。リニューアルした右利き用ハサミ(サクサシリーズ)を左手で使用している写真(左)と右手で使用している写真(右)。利き手を問わず切れやすいハサミに仕上げている。ALTおわり

Interviewee

  • 藤木 武史

    グローバルステーショナリー事業本部 開発本部 技術開発センター

  • 大沢 拓也

    グローバルステーショナリー事業本部 開発本部 開発第2部

  • 中津 康宏

    グローバルステーショナリー事業本部 開発本部 開発第3部

今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト

今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト

ハサミ<サクサ>

軽いキレ味を実現するハイブリッドアーチ刃を搭載した大人気シリーズがリニューアル。刃先でも軽く切れる「スタンダード刃」、ベタつかない「グルーレス刃」、サビに強い「フッ素・グルーレス刃」、耐久性に優れた「チタン・グルーレス刃」と従来のスペックはそのままに、業界初の傾斜インサート設計を取り入れることで、利き手を問わず(※)、薄いものから厚いものまでしっかりと切れるハサミに。さらに、紙などに与えるダメージを軽減した独自設計の「ストレート刃」「フッ素・ストレート刃」も新たに仲間入り。また、環境配慮の観点から、これまでのブリスターパックから紙パッケージに変更し商品の特徴がひと目で分かるデザインとともに、文具業界で初めてアクセシブルコードを採用した。
※構造は右利き用ハサミと同様です。

業界初の「傾斜インサート」とは? ヒントになったのは、左利きユーザーのハサミの使い方

今回のリニューアルに至った経緯を教えてください。

中津:「サクサ」は2017年にコクヨから発売された商品です。キレ味を追求したハサミということで、ユーザーからも非常に好評をいただいている人気シリーズですが、カラーを含めてトレンドから遅れてきているという声も社内では上がっていました。そこで、従来のキレ味はそのままに、本体のカラーやパッケージをリニューアルする計画が立ち上がったのが始まりです。

従来の「サクサ」はどういった商品なのでしょうか。

中津:特徴としては「グルーレス刃」を搭載していること。ハサミの3大困りごととして挙げられるのが「のりが付着する」「ハンドルの部分で手が痛くなる」「もっとキレ味がほしい」ですが、その中から「のりが付着する」という困りごとを解消するために開発されたのが「グルーレス刃」です。刃と刃の間に段差を作ることで、のりに刃を接触させずに切ることを可能にしました。さらに、フッ素をコーティングすることでサビにも強くしたのが「フッ素・グルーレス刃」、チタンをコーティングして耐久性をプラスしたのが「チタン・グルーレス刃」。今回のリニューアルでは、これらに加えて、紙など切る対象物へのダメージを軽減する独自設計の「ストレート刃」を新たに開発し、計6種類が新商品としてラインナップされました。

ALTはじまり。リニューアルしたハサミ(サクサシリーズ)が並んでいる。今回のリニューアルでは機能だけではなく、パッケージも紙製に変更している。ALTおわり
リニューアルした「サクサ」はどう変わりましたか?

中津:最も大きく変わったのは「傾斜インサート」という独自の設計を追加した点です。ハサミのハンドルに対して刃を傾けて設計することで、刃をすり合わせた際に発生する隙間を最小限にし、湿布のフィルムなど薄いものも、よりスムーズに切れるようになりました。

ALTはじまり。左利きである商品開発担当の中津さんが、右手用ハサミを左手で使用する際の状態を説明している様子。ALTおわり

藤木:傾斜インサートが生まれるきっかけとなったのが、「サクサ」をリニューアルするにあたってHOWS DESIGNのプロセスが取り入れられたこと。まずは「ハサミに使いづらさを感じている人」という視点から浮かび上がってきたのが、左利きユーザーや上肢に何かしらの障がいを持っている人でした。世の中に流通しているハサミの多くは右利き用に作られていて、普通に挟む力がある人向けのものがほとんど。これに当てはまらない人にとって、ハサミって実はすごく使いづらいものなのですが、本人すらそれに気付いていないことが多いんです。そこに着目して「誰にとっても使いやすい仕様に」という目標が定まりました。

中津:実は、僕も左利きですが、正直なところ、ハサミに使いづらさを感じたことはありませんでした。昔から右利き用のハサミを左手で使い、本来のキレ味に近づけるために、指にグッと力を入れて刃を引き寄せながら切っています。多少の切りづらさを感じても「ハサミってこういうものだ」と思っていて。でも、ハサミの開発に関わるようになって、僕が品質検査をしたハサミがすべて不良品判定になってしまうことに対して「なぜか?」と考えた時に、右利き用を左手で使うことでハサミ自体の性能も下げてしまっていることに気付いたんです。そこで、左利きの人が自力でやっている「刃を引き寄せる動作」を自動化できないかと考えたことが、傾斜インサートの発想につながりました。

藤木:実際に、どのくらいの傾斜なら使いやすいのかを検証するため、左利きユーザーと上肢障がいをお持ちの方の協力を得てヒアリングを重ねました。ハンドル部分に「1」「5」「10」などの数字を振った少しずつ傾斜の異なる試作品を用意し、それぞれの切り心地を試してもらう。個人差や、動作を繰り返すうちに体が慣れていくこともあって、見極めがなかなか難しかったのですが、総合してちょうどいい傾斜を採用するにいたりました。

ALTはじまり。インクルーシブデザインの推進リーダーを担当している藤木さんが笑顔でハサミの傾斜インサートについて説明している様子と、その隣で微笑んでいる大沢さん。ALTおわり

中津:「なんとなくこれがいい」という人間の曖昧な感覚を、数値化したり言語化したりするのはかなり難しい課題なんですよね。そういう意味で一番苦労したのは、傾斜インサートの効果の証明。今回のパッケージでもうたっている「すごく切れる」と傾斜インサートの関係性を証明するために、市場に出ている「サクサ」を600本近く取り寄せて、かなりの人数と月日をかけてフィルタリングを繰り返しました。

より多くの人に商品の情報をわかりやすく届けたい。文具業界で初めて「アクセシブルコード」を導入した紙パッケージのこだわり

今回はパッケージにも力を入れているとのことですが、どのような部分にこだわったのでしょうか。

大沢:コクヨではプラスチックごみ削減の観点から、ブリスターパッケージに代わる紙パッケージの導入に力を入れています。今回リニューアルした「サクサ」にも紙パッケージを採用したのですが、まず、旧パッケージから意識的に変えたところは、「コクヨ」というブランドを全面的に押し出した点。今回のデザインを考えるにあたって、僕を含めた社内の担当者と視覚障がいをお持ちの方と一緒に店頭に足を運び、様々な企業の商品パッケージを見比べてみたのですが、「どの商品がどのメーカーのものなのか分かりづらい」という話になりました。そこで、まずは一番の強みであるブランドを目立たせよう、と。それでいて、商品の機能が端的に伝わるデザインにすることに気を配りました。

ALTはじまり。紙パッケージ化を担当した大沢さんが、新しい紙パッケージを持ち、デザインについて指で示しながら説明している様子。ALTおわり

中津:パッケージに載せるキャッチコピーもシンプルにしたいということで、表現にもこだわっています。例えば、一番伝えたいキレ味については「すごく切れる」と表現していますが、これに到達するまでにかなりの紆余曲折がありました。また、「利き手問わず」という一文も、「左右両用」「両利き用」といった様々な候補がある中で、誰が聞いても違和感のない言葉を選ぶのに苦労しましたね。傾斜インサートについても、あまりごちゃごちゃと説明しても余計に分かりづらくなってしまうので、あえてシンプルに構造だけを伝える形に落ち着きました。

大沢:今回のパッケージだと「コクヨのすごく切れるハサミ」を一番目立たせたいので、他の訴求文言を控えめにし、キャッチコピーが最も目立つバランスのデザインを検討していましたが、全体的に情報がキャッチしづらいという意見も。5品目あるサクサシリーズを横並びで見た時にもう少し、一目で情報が理解しやすいデザインはないのか検討を進めました。そこで文字の頭の部分をまっすぐに揃えてみると、すべてのキャッチコピーがよりくっきりと見えるようになりました。すごく些細なことですが、たったそれだけのことでお客様が取得できる情報量がガラリと変わる。それが今回のプロセスのなかで得た一番の気付きでしたね。そしてもう一つ、視覚障がいをお持ちの方や外国人など、より多くの人に対して情報が伝わるデザインを目指すことも今回の課題でした。

藤木:デザイナーの観点からすると、デザインはシンプルなほど情報が伝わりやすいと考えますが、お客様にとってはそうとも限りません。例えば、売り場で商品を選ぶ時、高齢者の多くはパッケージの表面よりも裏面の細かい仕様書きを重視する。一方で、若い方や中年の方は、表面に大きく書かれているキャッチコピーに注目する。そういったことが市場調査でも明らかになっています。ということは、単純にデザインをシンプルにすればいいという話でもありません。さらに、視覚障がいをお持ちの方や外国人など、そもそもパッケージだけで製品を理解してもらうのが難しい人たちもいます。そこで、必要な情報を視覚だけでなく音声情報でも伝えるようにしたらどうかという案が挙がり、「アクセシブルコード」導入についての検討が始まりました。

「アクセシブルコード」とは、どのようなものですか?

藤木:アクセシブルコードは、エクスポート・ジャパン株式会社が開発した製品のパッケージに載せる2次元コードです。製品の使い方や安全上の注意などの重要な情報を音声や多言語でユーザーに伝えるためのもので、文具業界での導入は初めてです。エクスポート・ジャパンは、このアクセシブルコードを世の中に広めたいという思いで取り組まれていて、今回のコクヨからの申し出に対しても快く承諾していただきました。視覚障がいをお持ちの方がパッケージに触れた時にアクセシブルコードの位置を判断できるよう、コードの周辺に凹凸の加工を施しています。

ALTはじまり。新しい紙パッケージに掲載している二次元コード(左)と、アクセスした先のサイトの図(右)。アクセスした先では言語選択が可能になり、音声でも商品情報を確認できるようになっている。ALTおわり

大沢:この提案を聞いて面白いと思いましたし、どんどんグローバル商品が増えていくなかで、より幅広いユーザーに商品の価値を届けていくためにも有効な手段だと感じましたね。

使う人を選ばない。「サクサ」を通して本当のハサミの使いやすさを実感してほしい

完成品を手にしてみていかがですか。

藤木:小学生から高齢者まで、どんな人でも使いやすいハサミに一歩近づいていると思います。そして、これを機に他の文具メーカーでもアクセシブルコードを取り入れてもらって、いつか業界標準になればいいな、と。そのためにも、まずはアクセシブルコードの存在を広めていかなければなりません。「サクサ」はコクヨのなかでも多くの方々に認知いただいている商品なので、たくさんの方に知っていただけるきっかけになることを期待しています。

大沢:「サクサ」を始めコクヨの文具はどれもユニークで、機能性が高く、お客様に信頼されるブランドだと信じています。その自信を今回のパッケージデザインで表現することで、「コクヨ」というブランドへの親しみを深めてもらいたい、そんな願いを込めています。今は早く売り場に並んでいる姿を見たいですね。そこで初めて「完成した!」という達成感を味わえる気がしています。

中津:左利きユーザーを代表していうと、この「サクサ」を通してハサミの本当の使いやすさを知ってほしいです。今回は左利きユーザーや上肢障がいをお持ちの方が感じる使いづらさに着目しましたが、使う人やクセ、条件によって困りごとは尽きません。それぞれの悩みに特化したハサミという観点で考えていくと、まだまだハサミの可能性は広がっていくと感じています。

ALT:ALTはじまり。開発に携わった3名の集合写真。これから実際にお店で並ぶ姿と、お客様が商品を手にした反応が楽しみと語る。ALTおわり

取材日:2024.11.07
執筆:秋田志穂
撮影:松井聡志
編集:HOWS DESIGN チーム

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