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- 「社名と商標」
1905年創業時のコクヨの社名は「黒田表紙店」。商標は、善太郎の名前からとって、○善(マルゼン)としました。これは、自ら製品に絶対の責任を負うという覚悟の現れでした。その後、1914年に「黒田国光堂」と改称し、17年には商標を「国誉」としました(注1)。この場合の「国」とは、善太郎の故郷、越中富山のこと。19歳のとき、家族、知人に見送られて郷里を後にしたときの「国の光、誉(ほまれ)になる」という初心を忘れないよう、自戒の念を込めて命名されたものでした。また、商標のデザインは、郷里だけでなく、日本の誉になるようにという意味から、国誉という文字に朝日と桜(注2)があしらわれました。昭和に入ってからは、漢字からカタカナ表記に変わりますが、基本的な図案(注3)は変わりませんでした。1961年には、株式会社黒田国光堂からコクヨ株式会社に社名変更、初めて社名と商標が一致することになりました。
【初期】当初は右始まりの「誉国」。やがて左始まりの「国誉」となり、昭和以降、国語の平易化に伴い文字を「コクヨ」と改める。
1960年代半ば以降、紙製品から文具へ、さらにスチール家具へと業態が拡大し、生産品種が急増すると、部門ごとに様々なマークが作られました。ただ、それぞれ個別に作られたため、統一されたデザインではありませんでした。このため1980年CI(コーポレイト・アイデンティティ)システムの導入を決定し、一年以上の時間をかけて、社名ロゴ、シンボルマーク、コーポレイトカラーなどを制作、1981年から全社一斉に採用がスタートしました(注4)。新しいロゴ、マークは、コクヨの急成長とあいまって、広く全国に認知されることになりました。さらに、創業100周年という大きな節目を迎えた2005年、コクヨはこの年を「第二の創業」と位置づけ、グループとしての未来戦略を発表しましたが、これにともない、長年親しまれたロゴ、マークを思い切って一新、そのデザインは、“躍動感”と“絆”を表現しています。
- 【品種急増期】急速に生産品種を拡大していった昭和40年代以降、「朝日に桜」マークは伝統的な紙製品に用い、文具製品にはコクヨの「K」をデザインしたマークを、意匠紙製品にはダックスフントのマーク、コンピューターサプライには矢印マーク、そしてスチール製品には樽型の樽マークを使用するようになっていった。
- 【CIシステム導入後】1981年(昭和56年)~2007年(平成17年)まで使用したロゴ。
- 【現在のロゴ】2005年10月に創業100周年を迎えるとともに一新した。
- (注1)当初は、商標も店名と同じ「国光」にする予定でしたが、すでに登録済みだったため、一時的に「国印」、「光印」という商標が使われた時代があります。
(注2)日本の心を唄ったものとして有名な本居宣長の短歌「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」より。
(注3)上部の光線が7本、下部が5本、左右に桜が3つという構成は、七五三の縁起をかついだもの。
(注4)コクヨ76年の歴史と創業の精神が込められた「朝日に桜」マークは、社章として永久に残し、社内の伝統行事や祝事に使用されることになりました。