商品化された作品
落ち葉を模した色鉛筆
〈2023優秀賞〉
散らかるさまが美しい。
そんな価値観で物事を捉えなおせば、
今までとは違った世界が見えてくるのではないでしょうか。
「落ち葉を模した色鉛筆」は、新たな価値観から、
今以上の感性を生み出すきっかけとなるプロダクトの提案です。
作品紹介ムービー:
https://youtu.be/qRY7ffHxUNs?feature(YouTube)
コクヨ直営店「THE CAMPUS SHOP」(東京・品川)、「THINK OF THINGS」(東京・原宿)、「KOKUYODOORS」(東京・羽田エアポートガーデン)、 「コクヨ公式ステーショナリーオンラインショップ」、「コクヨステーショナリー楽天市場店」 にて販売。
「embrace」の翻訳に感じたある違和感
2023年のコクヨデザインアワードにて優秀賞に選ばれた「落ち葉を模した色鉛筆」。作者は、当時大学生だった吉田峻晟(しゅんせい)さんです。所属していたゼミの先生が建築を専門としていたこともあり、ものづくりに興味をもったという吉田さん。応募にあたり、まずは2023年のテーマ『embrace』がもつ言葉の意味を調べるところから始めましたが、深掘りしていくうちにある違和感を覚えたと言います。「とあるサイトで『許容する』『包容する』といった翻訳がされていたのですが、この表現だとどうしても一方が『妥協している』といった意味をはらんでいるような気がして...。もっと違う意味をもつ日本語として捉えられないかとずっと考えていました」。(吉田さん)
(左)作者の吉田峻晟さん (右)表彰式の様子
転機になったのは、ジェンガで遊んだ体験でした。「ジェンガって、崩れたとしてもそれを『散らかっている』とは思わないですよね。それってなんでだろうと考えたときに、"崩れて散らかっている状態ですらジェンガとしてのプロダクトの一部なんだ"ということに気付いたんです」と吉田さん。これをきっかけに、落ち葉もたとえ地面に落ちていても『散らかっている』とは思わず、落ちているさまですら美しいものだと捉え、今回の作品を制作。発想の転換、そして造形の美しさなどが高い評価を受けて、コクヨデザインアワード初挑戦ながら見事受賞を果たしました。
専門性に優れたメンバーが集まりプロジェクトが始動
製品化に向けてプロジェクトがスタートした際、最初に声がかかったのがコクヨの吉川将史でした。普段は文具の中でも筆記具をメインに担当する、開発部のメンバーです。吉川は「何から着手しようかと思ったときに、まず課題として挙がったのは『葉っぱの形状』と、色鉛筆の材料になる『顔料』のことでした」と振り返ります。
成形のための金型をつくるには、多額の費用がかかることもあり、コストが見合わず悩んでいたときに、偶然にも技術開発センターに所属し樹脂成形に詳しい中村昌浩と話す機会がありました。「ちょうど社内で、樹脂材料を使って、通常の金属でできた金型よりも早く、そして安く型を作れないかという研究をやっていたんです。その技術を応用できないかと考えました」と中村。この出会いが、ひとつの突破口となりました。
第二の課題である顔料の配合について、吉川が相談先として真っ先に思い浮かべたのは、コクヨMVP(以下、MVP)。「MVPはコクヨ文具の国内生産拠点として、紙製品やファイル、そしてクレヨンなどの製造を担っています。このクレヨンの技術を、今回の製品化に活かせないかと考えました」。
さっそく吉川がMVPの三原幹之に相談したところ、試作づくりがスタート。コクヨグループ間の垣根を超えたプロジェクトが動き出しました。
(左から)吉川将史(商品開発)、中村昌浩(技術開発)、川上将広、三原幹之(生産企画)
それぞれの強みを活かして
配合についてはMVPの川上将広が担当。「葉っぱという繊細な形状のため、どうしても『折れやすい』といった課題があったり、溶かした材料を型に流し込んだ際に詰まったり、気泡ができないように液体の粘度を調整する必要がありました」と川上。それらの解決に向けて、顔料、ワックス、油の調合を突き詰めていきました。
成形のフェーズでは、中村が樹脂材料でつくった型を活用。顔料を型に流し込むにあたり、葉の裏に注ぎ口を作ったり、葉の軸から流し込んだりと試行錯誤を繰り返したと言います。「葉の裏に注ぎ口を作る方法だと、その部分にでっぱりが出来てしまうので、それをこそぎ取る作業が必要になるのですが、どうしても痕が残ってしまい見た目や手触りに影響が出てしまいます。そこで、作品のもつフォルムの美しさを損なわないよう、最終的には葉の軸から顔料を流し込む方法を選びました」。(吉川)
細部に宿る美しさへのこだわり
美しさへの徹底したこだわりは、他でも垣間見ることができます。例えば、中村は今回使用した型について、「樹脂製の型だとどうしても表面がきれいに仕上がらず、その状態で顔料を流し込むと、荒れた表面がそのまま色鉛筆に転写されることになり、見た目にも影響が出てしまいます。そこでできるだけきれいに表面を仕上げる特殊な表面加工を施し、型の表面を細かなマット状にしました」。
しかし、型をマット状にしたことで生まれた課題も。三原は、「型から冷却し固まった成形品を外す離型工程で、お互いがくっついてうまく剥がれないといった課題が新たに生まれてしまいました。ですが、中村さんの樹脂成形のノウハウも教えてもらいつつ、うまく離型剤を活用することで、この課題もクリアすることができました」と振り返ります。
さらに、「パッケージの美しさにも注目してほしい」と吉川と中村は口を揃えます。
落ち葉を模した色鉛筆のパッケージ
「『散らかった状態そのままが美しい』というコンセプトを体現するために、パッケージはあえて製品の収納場所を固定させず自由に並べられるようにしました。その代わりに、上下のスポンジで製品を緩やかに挟み込むことで、輸送や持ち運びのときに製品が動いてしまうことを防いでいます」と吉川が話すように、パッケージを開けた瞬間から「美しい」と感じてもらえるような工夫が施されています。
生産工場であるコクヨMVPでの箱入れの様子
感性を引き出す鍵となる存在を目指して
最後にコクヨメンバーに、もっともゆずれなかったポイントを聞いたところ、全員から「できるだけ当初のコンセプトやデザインからずれないように。そして、作者の想いを大切に」という回答が。これまで数多くの文具を開発・製造してきたメンバーがほれ込むほどの魅力を放つこの作品。作者の吉田さんは、コクヨデザインアワードへの応募を考えている方たちに向けて、次のように語ってくれました。「もちろん、受賞したいという気持ちは大事だと思いますが、それ以上に、ものづくりって楽しいなと思いながら、制作に取り組んでほしいなと思います。このアワードを"いい機会をもらった"というように捉えて、楽しんで取り組めば、おのずと自分にとって一番良い結果につながるのではないでしょうか」。
「落ち葉を模した色鉛筆」が、手にとった方の新たな感性を引き出す鍵となることを、吉田さん、そしてコクヨメンバー一同願っています。