コクヨデザインアワード2020
最終審査レポート
新しい挑戦と展望を見せた17回目のコクヨデザインアワード
2020年3月14日、コクヨデザインアワード2020の最終審査が行われ、グランプリ1点、優秀賞3点が決定しました。応募総数1,377点(国内771点、海外606点)のなかから、グランプリに輝いたのは、「いつか、どこかで」(オバケ(友田菜月さん、三浦麻衣さん))。最終審査および審査員によるトークショーの様子はインターネットで同時配信され、同作品は視聴者が選ぶオーディエンス賞も受賞しました。
たくさんの「初めて」が詰まった2020
17回目となったコクヨデザインアワード2020は多くの新しい試みにあふれていました。まず、テーマが『♡』。アワード史上初めてとなる記号がテーマです。読み方も解釈も応募者に委ね、例年以上に自由な想像力や大胆な提案を期待しました。実際に、応募点数は昨年より88点も増えて、応募者の層や作品内容も広がりを見せました。
昨年と同じく、ファイナリスト10組のプレゼンテーションによる最終審査はTHINK OF THINGS(コクヨが運営するショップ兼スタジオ)で行い、授賞式および審査員のトークショーを公開で行う予定でした。しかし新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、急遽ファイナリストはプレゼン映像とテレビ電話での参加となり、トークショーの公開も中止となりました。そのかわり、YouTubeで同時配信することに。プレゼンから質疑応答までインターネットで生中継するのはコクヨデザインアワードとしても初めての試みです。撮影や配信の機材がセットされた会場で、いつもとは違う緊張感のなか、審査は進められていきました。
審査員は、各ファイナリストが事前に制作したプレゼン映像を見た後、テレビ電話で応募者との質疑応答を行いました。プロトタイプは会場のテーブルに置かれ、審査員たちはそれらを手に取りながら、慎重に評価していきました。今年は新たな審査員として田根 剛さんと、柳原照弘さんが加わり、建築やジャンルを横断してデザインに携わる立場から独自の視点や示唆を披露しました。
最もバランスの良いグランプリ「いつか、どこかで」
プレゼン終了後、受賞者を決めるための審議はいつになく難航しました。審査基準は、「テーマの解釈」「デザイン、アイデアの完成度」「商品化の可能性」。アワード5回目の審査を務める植原亮輔さんと3回目の川村真司さんは「すべての基準で突出した作品がない。今年はグランプリはないかもしれない」と率直に打ち明け、ほかの審査員も「テーマと合致しているものを選ぶか、プロダクトとしての良さをとるか」を悩んでいる様子でした。
投票の結果、グランプリに選ばれたのは、「いつか、どこかで」。取り壊される校舎や店舗などの建材、家具の廃材を再利用した鉛筆は、一本一本個性の異なる「前世を持つ鉛筆」です。作者のオバケ(友田菜月さん、三浦麻衣さん)は、テーマ『♡』を「人の心」と解釈し、何気ない鉛筆が「人の想像力をかきたてる道具」であるととらえ、デジタルの時代だからこそ手で描く体験や、文房具と人の心の関わりを見つめ直しました。
作品の背景に込められた社会的メッセージ、ユーザーのイマジネーションを引き出すストーリー性がテーマに合致していること。また、もともと建材として使われた古材の温かみある手触りや書き味の良さが、「リサイクルの価値を高めている」として、審査員たちは「ファイナリストのなかで最もバランスが取れている」と評価しました。
さまざまな解釈の『♡』が優秀賞に
続いて優秀賞については、審査員の意見がなかなかまとまらず、数回の投票を経てようやく決定しました。「オルゴールテープカッター」(鳥山翔太さん、柳澤駿さん)は、マスキングテープ用のテープカッターにオルゴールの要素を組み合わせた、楽器のような文房具です。テーマ『♡』を「感覚」と解釈した作者自身が、テープを引く音をたよりに均等な長さでカットした経験をもとに、聴覚を生かすプロダクトとして提案しました。作者はいくつかのモデルを作るなかで、「より楽器らしく見えるような色や形を追求していった」結果、管楽器を連想させる金色のモデルへとたどり着きました。一方、審査員たちはそれらのモデルを試した上で、「逆に簡素な風合いの初期モデルのどこから音が鳴っているかわからない意外性の方が面白い」(植原さん)といった意見や、音について、「オルゴールなのでもう少しメロディらしく聴こえるとよい」(川村さん)、「どのような音やロディだと作業が楽しくなるのか、現状の形にこだわらずにアイデアを広げてほしい」(田根さん)といったアドバイスをしました。
「オヤコゴコロ」(山川洋平さん)は、子どもの現在地とSOSメッセージを送信し続けるブローチ型デバイスです。子どもの安全をずっと見守りたい大人と、それを監視されているように感じてしまう子どもの心をつなぐようなプロダクトとして提案しました。作者が、「日本では毎年数万人も行方不明になっていて、そのうち1000人近くが子ども」と説明すると、「その事実にショックを受けた」という渡邉良重さんは、「どこにでもありそうなブローチが子どもを救うかもしれない、というストーリー性を評価したい」。また柳原さんは、「作者の使命感や熱意も印象的だった。こうした安全安心のプロダクトを文具メーカーのコクヨが手がけることは強いメッセージになるはず」と支持しました。
3つめの優秀賞「FROM TREE TO FOREST」(Tuncay Inceさん)は、トルコからの応募作品です。鉛筆とふせんでできた「木」は集まることで自立し、「森」を形作ります。鉛筆やふせんを使っていくと「森」は崩れ、「人間が資源を消費した結果、自然の破壊につながる」という強いメッセージを発信するプロダクトです。視覚的なインパクトがある一方、「この製品を作ること自体が自然破壊になっているのでは」(川村さん)というジレンマも。ここでも審査員のあいだでは、テーマとの合致性、デザインの美しさ、商品化の可能性の観点でさまざまな議論が交わされました。「プロダクトとしての可愛らしいたたずまいや存在感はファイナリストのなかで一番」(植原さん)という意見、そしてふせんが噛み合って自立するおもしろさや、使いながら森林破壊を実感するといったプロダクトの持つ個性やパワーが評価され、優秀賞に選ばれました。
受賞ならずも印象的な作品
受賞には至らなくとも、最後まで特定の審査員がこだわった作品もありました。テーマ『♡』の解釈が応募者に委ねられたように、各審査員にとっても『♡』の読み解き方が異なるためです。例えば、川村さんが推した「課題炎上付箋」(石川和也さん)は、「プロダクトとしてのキャッチーさがある。製造プロセスや商品化の実現性が高い」と評価されました。
また、香港の作者による「Message Bento」(Indie Common Ground)は、柳原さんが推した作品です。「少子化や親子のコミュニケーションといった今の社会背景が見えてくる。アイデアの完成度が高い」とした上で、さらに「香港の男性グループが日本文化の背景を理解した上で提案してくれたことが嬉しい」と話しました。
テーマ『♡』は難しくも、多様性が浮き彫りに
審査の後で行われたトークショーでは、木田隆子さん(「エル・デコ」ブランドディレクター)のナビゲーションで、6名の審査員がコクヨデザインアワード2020を振り返りました。特に語られたのは、今年のチャレンジングなテーマ『♡』について。世の中の価値観がモノからコトへと変化していくのに合わせて、近年のテーマがコンセプトや提案性を促すような方向になっている。それを踏まえてテーマを記号とし、今一度プロダクトやアイデア、イマジネーションそのものの突破力に期待しました。
『♡』の記号をそのまま形にしたような作品も多く、いかようにも解釈できてしまうテーマ設定の難しさを実感した一方で、ファイナリストに選ばれた作品は、例年以上に「なぜ、それを作るのか」という社会的な背景に真摯に向き合う提案が増えたことが、時代性を感じさせる結果となりました。審査員も、「難しさはあったものの、良いチャレンジだった」と話します。「わかりやすいお題もいいが、奥深さや複雑さに向き合うことも大事。審査員もそれぞれ悩み、いい議論ができたと思う」(植原さん)、「今回のテーマは特に実験的だったが、それを試してみようという雰囲気があるのがこのアワードの良いところ、おかげでまた一歩進化できたと思う」(川村さん)、「プロダクトのコンペは、みんなで一緒に未来を作ろうという考え方が原動力になっており、とても新鮮で楽しかった」(田根さん)といった手応えがありました。一方で、解釈や評価が多様であるからこそ、「審査員として、応募作品ひとつひとつの本質をしっかり読み取れるように努めたい」(柳原さん)という意見もありました。
最後にコクヨの黒田社長が次のように語り、今回のアワードを締めくくりました。「応募者にも審査員にとっても難易度の高いアワードとなったかもしれないが、世の中のニーズは多様だということを改めて実感できた。今までとはまた違う、有意義なデザインアワードになったと思う。初めてインターネットでの配信にも挑戦し、作者のプレゼンや審査員の発言までたくさんの人にお伝えできたことも意味があった。
コクヨとしてはこのアワードを通じて、売れるものをつくりたいとか、すぐに利益を生むことをやりたいというよりは、世界のクリエイターの方々にチャレンジの機会を提供し、世の中に新しい価値を投げかけていくことが本来の目的。これからも質の高いデザインコンペとして、できるだけ多くの方に参加してもらえるように、新しいテーマや運営に取り組んでいきたい。また商品化を前提していることもアワードの特徴であり、これから社内メンバーと積極的に進めていきたい」。