コクヨデザインアワード2024 
レポート

テーマに直球で応え、
「本質」を再定義する力強い作品が受賞。

3月16日、コクヨデザインアワード2024の最終審査が行われ、グランプリ1点、優秀賞3点が決定しました。応募作品1,480点(国内876点、海外604点)の中から伝野 輔さんの「削鉛筆」がグランプリに選ばれました。

21回目となるコクヨデザインアワード2024。今回のテーマ「primitive」は、「自然に近い『本来の』状態、磨かれたり、洗練されたり、発展したりする前の素の状態、何かからすべてを取り去った『根源的な』状態」(同アワードの要項より)を表す言葉です。コクヨデザインアワードでは、これを「本質の再定義」と解釈し、それぞれにとっての「primitive」を探求し、これからの未来に「本質」として残っていくような提案を求めました。それに応えて集まった作品数は1,480点。昨年から約1.5倍の増加となり、特に国内については昨年から361点増えて876点の応募があるなど、テーマに対する関心の高さをうかがえました。

グランプリは自分で自分の欲しい形を作るプロダクト

3月16日の最終審査会は、東京品川オフィス「THE CAMPUS」内のホール「CORE」で行われました。オンライン参加の1組を除くファイナリスト9組が会場でプレゼンテーションを行い、審査員はプロトタイプを確かめながら質疑と審査を進めました。その後別室で審議を行い、審査員による投票で受賞作品を決定。伝野 輔さんの作品「削鉛筆」がグランプリを受賞しました。

グランプリ作品「削鉛筆」

「削鉛筆」は、「自分の欲しい形を自分で作る、素材としてのプロダクト」。芯の入った1.5センチ角の棒を自分の持ちやすい形に削って使う鉛筆です。作者の伝野さん自身が子どもの時から感じていた標準規格の鉛筆の使いにくさ、周囲から持ち方を指摘された経験などを踏まえ、「画一化された規格品では不自由を感じる人たちがいる」と考えて提案したもの。アイデアが明快かつテーマに合致していること、コンセプトを端的に伝えるビジュアルとコピー、プロトタイプを使ってみた時の使いやすさなどが、審査員から高く評価されました。一方でグランプリを決める審議では票が割れ、「個人起点よりももっと広い意味の価値があるか」「どの部分をデザインとして評価するべきか」といった点も検討されました。その後の再投票を経てグランプリを受賞した伝野さんは、「長年、人それぞれに形を変えられるプロダクトを生み出したいと考えてきた。評価してもらえて非常に嬉しい」と感想を語り、「応援してくれた人たちの協力があってこの結果に結びついている」と家族や友人に感謝を伝えました。

グランプリを受賞した伝野 輔さん。自らのネガティブな経験をどう解決するかを考えたことが作品のアイデアにつながったという

優秀賞3作品

優秀賞は以下の3点に決定しました。

優秀賞「Memento」

「Memento」は、小石のような丸みをもった磁器の卓上ホワイトボードです。作者の田中 聡一朗さんは、中国やエジプトの古代文明で石や粘土、動物の骨などに“書く”という行為の根源を紐解いた上で、現代における人と情報との関係を見直す、という作品の意図を紹介。審査員から「本質を再定義する今回のテーマに合っている」と評価されました。また本作品は、オンライン視聴者が投票する「オーディエンス賞」にも選ばれています。

「Memento」作者の田中 聡一朗さん。現代の生活で使うものでありながら、いかに原始的な感覚を得られるかを考えて作ったという

優秀賞「移ろう色鉛筆」

「移ろう色鉛筆」は、植物の種が芽吹いて花を咲かせ、枯れていくさまを、色鉛筆の芯のグラデーションで表現したものです。作者の大原 衣吹さんは七十二候をはじめとする日本の色彩文化に着目し、季節の移ろいを感じる瞬間を鉛筆芯に封じ込めました。プレゼンでは「この色鉛筆を使うことで、植物への興味や想像力を養うことを目指している」と説明。審査員は、花を贈るようにギフトとして贈ったり、交換日記に使うといったシーンを想定しながら、1本の色鉛筆から広がるコミュニケーションの可能性に期待を寄せました。

「移ろう色鉛筆」作者の大原 衣吹さん。タイトルの「移ろう」という言葉と向き合い、日本的な感性や海外の感覚の違いについて考えたという

優秀賞「滴付箋」

「滴付箋」は、滴の形をした付箋です。読書をしながら心が動いた瞬間の記録を、涙が落ちた跡のように本に残すという作品。作者のフカタカ(佐藤 貴明さん、深沢 真緒さん)によると、古本にはさんであったレシートの厚みで指先に違和感を覚えた経験をきっかけに、書籍や書類からはみだす通常の付箋ではなく、紙面内側のどこにでも貼れる付箋を考案したといいます。付箋のあるページが触感でわかる機能性と、涙というモチーフによる詩的な感性のバランスが評価されました。

「滴付箋」作者のフカタカ(左:佐藤 貴明さん 右:深沢 真緒さん)。ふたりにとっても、デザインの根本的な楽しさを思いおこす機会になったという

海外からは、「年輪定規」のA STUDIO(Lyu Muzhiさん、Jiang Fangさん、Chen Yangさん)と「Fig Emulsion」のW-oH(Yingqi Liuさん、Yuxuan Chenさん))がファイナリストとして最終審査に登場しました。いずれも中国の作者で、人と自然のつながりを深めて本来の感覚を呼び覚ますという、テーマにダイレクトに応えるプロダクトの提案でした。ファイナリストの出身国に偏りがあったことについて、審査員のあいだでは「primitiveという言葉のとらえ方が地域によって異なるのではないか」といった見方もありました。

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「年輪定規」作者のA STUDIO(Lyu Muzhiさん、Jiang Fangさん、Chen Yangさん)と「Fig Emulsion」作者のW-oH(Yingqi Liuさん、Yuxuan Chenさん)。どちらも学生や若いデザイナーによるユニットで、感性と詩情あふれる作品を紹介した

また今回は、最終審査のプレゼンテーションによって評価が大きく変わる場面がたびたびあったことから、プレゼンの重要性を改めて認識する機会となりました。特にプロトタイプについては「全体的にクオリティの低さが気になる」という意見もあり、審査員から作者に対して、素材や技術の実現性について踏み込んだ質問がなされ、「もう少し詰めてほしい」「ものに対するこだわりを見せてほしい」といった厳しいコメントも聞かれました。プロトタイプの精度は、応募者にとって今後の課題となりそうです。

コクヨデザインアワード21回目の総括

結果発表と授賞式の後には、デザインジャーナリストの木田隆子さんをナビゲーターに迎えて、審査員によるトークショーが行われました。審査初参加となったアートディレクター・グラフィックデザイナーの木住野 彰悟さんが加わり、コロナ禍以降で初めて審査員全員が一堂に介し、今回のテーマやファイナリスト作品について振り返りました。

審査初参加の木住野 彰悟さん(6D-K代表 / アートディレクター・グラフィックデザイナー)

「キービジュアルの制作を担当し、今回のテーマの難しさを自ら実感した。さまざまな解釈の幅広い作品が集まり、興味深く審査できた」(木住野さん)

田根 剛さん(Atelier Tsuyoshi Tane Architects 代表 / 建築家)

「primitiveとは何か、審査のなかでも意見が割れたが、最終的には創造性豊かな結果になった」(田根さん)

田村 奈穂さん(デザイナー)

「受賞作は、プロダクトデザインとしての機能性と感性のバランスが高い次元で実現されていた」(田村さん)

柳原 照弘さん(TERUHIRO YANAGIHARA STUDIO / デザイナー)

「プロダクトデザインのコンペではあるが、今のデザインの状況について知るよい機会となった」(柳原さん)

吉泉 聡さん(TAKT PROJECT 代表 / デザイナー)

「今のプロダクトデザインの進め方、あるいは評価のあり方についても考えさせられた」(吉泉さん)

トークの後半では、審査員がファイナリスト10作品について感想を述べ、作者がそれに対してコメントを伝えました。「文具の素」は3Dプリンターを活用して、ユーザー専用の文具を作るサービスの提案です。コクヨ社長の黒田 英邦が「サービスデザインとして大変興味深いが、プロダクトデザインまで踏み込んだ提案になっていればなおよかった」と話すと、作者の山田泰之さんが「具体的なものを提示するか、みんなで考えてほしいという方向にするか最後まで迷った」と打ち明けました。そして「普段、ロボットや自動車のデザイン工学を研究するなかで、特定のユーザーに向けたデザインの難しさを感じている」と話すと、ほかの審査員からも共感が寄せられました。
また「滴付箋」作者の深沢 真緒さん(フカタカ)が、「プロトタイプを実際に触ってみてどうだったか」と問うと、「実は、一次審査からこの作品を推していた」という田根さんが「プロトタイプは残念だった」と率直に回答。「感触や耐久性の問題、審査員に見てもらうための準備も含めて、グランプリを狙うのであればもっとしっかりプレゼンしてほしい」とアドバイスしました。

黒田 英邦(コクヨ株式会社 代表取締役社長)

最後に、主催者として1年間のプロセスを見守ってきたコクヨ社長の黒田が次のように語り、コクヨデザインアワード2024を締めくくりました。「コクヨデザインアワードは、デザインの力で少しでも世の中がよくなることを信じて21年やってきました。続けることができているのは応募者の皆さんのおかげです。今回受賞した方もそうでない方も、ここからまたアイデアを育て、それぞれにデザインの活動を続け、どうか来年も応募してください。そして我々と一緒にデザインの可能性を広げていきましょう」。

※審査員の肩書は審査当時のものを掲載しております